そのお兄さんはヤバい感じがした。思わず後退りそうになる。直感的な本能とでもいうべきか。 「阿伏兎、その子誰?……まァ誰でもいいけど」 「!」 そいつは阿伏兎に聞くや否や、目にも止まらぬ早さで私との距離を縮めた。 そいつの屈んだ身体は、鼻先数センチというところで私を一瞬にやりと見上げ、左手のひらで顔をむずと掴まれる。 両足が地面から離れた。番傘は手から滑り落ち、小さな音を残した。 「団長!」 阿伏兎が牽制の意を込めてそいつの名前を叫ぶ。そこでやっと、頭を掴まれ持ち上げられている自分の状態を理解した。 「何だァ、弱いじゃん」 「ァ…」 頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げる。徐々に力が増していく目の前のそいつの貼りつけた笑みに吐き気がした。こんな時こそ笑っているのかと。 私は垂れ下がっていた両腕を、そいつの左腕に添える。 これから生きようとしたのに死が迫っていたことに焦っていたのか、生に必死にしがみ付くように、私は力を振り絞って文字通り爪を立てた。 指先はぎりぎりと肌に食い込んでいく感覚がした。見えないけれど、ぬめりと滴れるのは多分そいつの血であろう。 「止めろって言っているだろうが、このすっとこどっこい!」 「分かった分かった、阿伏兎の説教は長いしネ。でも…」 阿伏兎のお陰で、私は掴まれていた手を離され地面に崩れ落ちた。 粗い呼吸を繰り返しながらそいつを見上げる。 「…面白いな」 そいつは自分の左腕から滴り落ちる血を舐めて笑った。 真っすぐな、けど釣り上がった瞳を私に向けて言い放つ。 「うん、まだ生かしといてあげるよ。何だかキミ、面白いしネ」 「ッ」 それは、直ぐにでも殺せるという弱者な奴に吐き付ける強者の言葉だった。 私の睨みはあいつの笑顔に受け流されるばかりだ。 「ほら、早く中入るぞ!お前さんも貴重な仲間に何してんだ」 「(…仲間、ね。)やだなァ、只の挨拶をしてただけだよ。そんな怖い顔しないでよ」 「…」 ぶ厚い雲の隙間から覗いた、太陽の光はとても眩しく感じ、落ちた番傘を拾う。 阿伏兎に押されて船の中に足を踏み入れた。 とりあえず、ピンク髪の野郎は気に食わなかった。 団長に苛められたかった… |