まるマ
1 おれは走った。約束を守る為に。 そんな似たような物語に覚えがあるな、と思いながらもおれは走った。 約束の時間は12時丁度。現在は12時などとっくに過ぎている。おれに残された道は走るしかない。選択の余地なんて無いんだ。 遅れるとメールをすればいいだろ、か?何故しないかって? ああ、もうそんな事は聞かないでくれ。携帯を忘れたからに決まってるだろ。そういう日に限って遅刻なんてするおれのマヌケさ、村田も呆れるだろうな。 「ごめん、村田っ!遅れた!」 「遅かったね、渋谷。どうしたんだい?」 待ち合わせの店に入って村田を見つけ、おれは慌ててそちらに向かった。 走った所為で汗だくに近いおれに反して、村田は一人涼しい顔で苦笑を浮かべている。 ……まぁそりゃ当然と言えば当然なんだけど。なんだか情けないぞ、おれ。 「寝坊だよー」 「早寝早起き健康児の君がかい?それは今日は雷でも降るんじゃないかな」 「児とか言うなよ、児とか。それにおれだって偶には寝坊するってば」 自分でも自分は健康児で規則正しい生活を送ってるような気がしていたけど、意外と思いつく。 眞魔国で、サインする書類が沢山で徹夜した時とか。眞魔国で、何かパーティーで挨拶する事になって必死になった時とか。眞魔国で、アニシナさんがその前日に騒動起こした時なんかも、それが落ち着いてほっとしたのか寝坊したな。 ………って、眞魔国でばっかりだ。 「つーか、雷は降るって言わなくないか?」 「んじゃ、雪?」 「今は夏に近いんデスガ」 じゃあ…、と村田はまた何か言おうとした。この儘ではらちが開かない。何も自分は漫才する為に来た訳じゃないんだ。 まぁムラケンズの相方だし、楽しいと言えば楽しいけどさ。とりあえず、話を切り替える事にした。 「で、お前は何やってんだ?」 「んーレポートだよ」 おれが来る前に、頼んだらしい紅茶に口を付けながら、村田は答える。 カタカタと何かをいじっていたらしいのは、キーボードをだったのか。テーブルの上で起動しているノートパソコンを指指されて、おれは納得した。 途徹もない量、そう表現するのがまさに相応しい文字の羅列。何が書いてあるのか分からないが、こんな量はとてもじゃないがおれは書けないし読めないと思った。 ネアンデルタール人がどうとかとか、ホモ・サピエンスがどうとかクロマニョン人がどうとか……なんとか一番最初の方の文字を少し追えただけだ。 「なんの?……まぁ聞いたって分かんないけどさ」 「人間の争いの歴史に関して、だね」 どうせ村田の事だからおれには理解出来ない難解なものなんだろうな、と思って流しそうになった。 だが、へーと適当に相槌を打とうとしておれは止まる。ゆっくりと村田に視線を向けた。 「人間の、争い……?」 「そう。世界史で何でもいいから、って課題出されたんだけど。何でもいいから、って実は一番困るんだよねぇ」 過ぎた自由は不自由でもあるんだよ、と村田は苦笑を浮かべた。 だけど、おれはその笑みに笑みをを返す事すらせず、ただ村田を見つめていた。何と言っていいか、そもそも自分が何を言いたいかも纏まらず、ただ無言で見つめる事しか出来ない。 「で、君が戦争について興味を持ってたみたいだから、折角だからそれに関してにしてみたワケ」 パタンという音と共に、閉じられたノートパソコンを、ぼんやりと見つめながら思う。 ああ、そういえば確かに村田にはそういう事は言ったような気がする。 一番最初に言ったのは、多分宣言だったと思うけど。眞魔国を永世中立国にする、というおれの決意。 #→ [戻る] |