まるマ
1 開いた窓の外は、雲一つない快晴。まるで絵画を広げたかのような、美しい空が広がっていた。 爽やかな空気を、肺いっぱいまで吸い込み、全身を伸ばす。小さく首を回して視線を落としたことで、木々の影にそっと息を潜めるような様子の渋谷の姿を見つけた。 フォンヴォルテール卿たちが言っていたが、渋谷は部屋を抜け出して護衛を付けずに出歩くことが頻繁にあるという。事実、眞魔国に来るようになって僕はまだ日が浅いというのに、すでに幾度かそのような場面に遭遇したことも、それに対して怒られる所を見かけたことがある。 例によって例の如く、また部屋を抜け出したのだろう。そして、どうやらまだ周囲はそれに気付いていないらしい。 王であり執務をこなさなければいけない渋谷は、実はそのように時間があることもなかなかない。彼らには悪いけれど、せっかくなので充分にこの機会を利用させてもらおう。そちらへ向かおうと、部屋を出る。 勿論、護衛に、と着いて来ようとする兵士たちは適当にあしらって。せっかくの企みが台無しになってしまうから。 「渋谷? こんなところでどうしたんだい?」 「むらッ! しー!」 渋谷の反応を見たくて、試しにごく普通に声をかけると、まるで警戒する猫のように飛び上がり、慌てて僕の口を塞いできた。 周囲を気にするような、周囲から身を隠すようなその様子に、僕の予想が外れていないことを悟る。 「ははーん。また抜け出してきたんだね?」 「ご名答です」 苦笑を漏らしながら問うと、やはりそうだったらしい、ギクリと渋谷の表情が固まり、項垂れた。 本当に「また」だ。前回怒られていた様子などまだ記憶に新しい。毎度毎度フォンォルテール卿にこってり怒られるようなのに、相変わらず懲りない。 こんな渋谷の様子では、側近や兵士たちはさぞ大変だっただろうと、想像を巡らすまでもなくその様がありありと目に浮かぶ。 大人しくしていることが嫌い。その上、大のつくほどお人好しで、とにかく他人の問題に首を突っ込んでいく。その結果、どうなるかなんて目に見えている。本来ならばしなくてもいいようなことをしてきたことだろう。その身を守らねばならない護衛たちにとっては、とんでもなく手がかかる護衛泣かせの王だ。 「でもさぁ、ちょっとそこまで買い物に行くのに護衛なんていらないと思わないか?」 そんなことは全く知らない渋谷は、不満そうに口を尖らせる。 「まぁ、僕らにはやっぱり馴染めないよねー」 「そうなんだよ! 護衛されなきゃなんないような身分なんて、十数年間生きてきたけどずっと考えすらしなかったもん」 眞魔国という大国の王。その王がちょっとそこまでの買い物に出歩くということ自体があり得ないことではあるが、渋谷にとってその意識はないのだろう。 まぁやはりと言えばやはり。渋谷の気持ちも当然と言えば当然だろう。一般庶民として暮らしてきた人間にとって王としての待遇になど、なかなか馴染める筈がない。 いい加減慣れるべきだという言葉は、とりあえず飲み込んでおく。王として生活しても、いつまでも驕ることなく庶民的な気持ちを忘れずにいられるというのは、渋谷の美点でもあるのだろうから。 #→ [戻る] |