まるマ
【おまけ】 貴方は、ただ守られていてはくれない(ヴォルユ) 「なぁ、ヴォルフ。良い王様ってなんだろうな?」 ユーリは、ぽつんと呟くように言った。 「何千という数の民の命とたった一人の王の命、どっちが大切なんだろうな? いや、比べちゃいけないのは分かってるけどさ?」 もしも、だよ。ユーリはそう、念を押す。 ヴォルフラムは、金縛りにでも合ったかのように身動ぎ一つ出来ずに、貴色と言われる黒い瞳をただ見つめた。 「王様は何があっても生きるべきだって、それも分かるんだ。だけど、何千という民がおれの命で助かるって言うんなら……」 黒曜石のように美しい瞳は、ただ真剣な色で、真剣な眼差しで。 心臓が、不規則に脈打つ。その先の言葉を聞いてはいけないと、本能が告げる。 握りしめた掌が、汗ばんでいる。何か、言わなくては。聞きたくない、と声を上げなければ。 だが、声を出そうとしても、カラカラと乾いた喉が、出させてはくれない。 「おれは、この命を懸けたいと思う」 しん、と二人だけの部屋が静まり返った。 まるで、世界から音という音が消え去ったかのような、ただ重苦しい静寂。 「へ、へなちょこのお前に何が出来るッ!?」 ヴォルフラムは、感情のまま、怒りをぶつけるように怒鳴る。 怒鳴らずには、いられなかった。 (ユーリが死んだら、だと?) その言葉を反芻して、顔から色が抜け落ちるのを自分でも感じる。 噛み締めた唇は、それ以上何か紡ぐことは出来なかった。 「――ッ!」 ただ、声にならない声をあげ、ユーリに背を向けて足早にその場を去った。 * 寝室の扉を、乱暴に閉めて、ベッドに体を投げる。 (命を懸ける、だと? へなちょこのアイツに何が出来る!?) 目の前の枕を、ただ乱暴に叩く。がむしゃらに、ただ怒りのままに、自分の掌が赤くなるほど叩き続けた。 どれくらい、そうしていただろうか。暫くそうしていると、怒りに興奮した頭が幾ばくか落ち着いてくる。 ヴォルフラムは、自分を落ち着かせる為に、深い溜め息を一つ吐いた。 (……いや、へなちょこだと、僕が思っていたいだけだ) 暴れていた腕が、力なく下がる。 へなちょこだと言うが、本当にそう思っている訳ではない。守ってやらなければいけないのだと、そう、思っていたいだけだ。ユーリが自らの命を投げ出すなど、考えたくもないのだ。 ユーリは、成長した。強くなった。 いや、元々強かった。だが、何を自分がすべきで何をすべきではないのか、ただ無鉄砲なだけではなく、それを理解するようになった。 (ユーリ、お前は……優しいから) それでも、だから、やはり自分よりも誰かを優先してしまう。そういう所は変わらない。 それは、二番目の兄とよく似ていた。それ故に、その言葉が本当なのだと分かってしまう。 枕を、くしゃりと強く握り締める。 守っていたい。守っていられる場所にいて欲しい。自分でなくともいい。兄のグウェンダルでも、悔しいがコンラートでもいい。せめて、誰かの庇護下にいて欲しい。 (そう願うのは、アイツに対する侮辱になるのだろうが) ユーリは、大人しく守られているだけの弱い人間ではない。分かってはいる。 だからこそ、そうして傷付かぬよう、大事に大事に籠に入れておくことなど、ユーリに対する侮辱でしかない。 ――だが、それでも。そう、思わずにはいられなかった。 ヴォルフラムは、広すぎる部屋で、ただ一人、掌を握り締めた。 END 2010.12.5 *** 本当は、お題は5つだけで終わりなのですが。以前、このシリーズ?に対して、コメントをいただいたので、せっかくだから書いてみた。楽しんで頂けたら、幸いです。 ←*#→ [戻る] |