まるマ
2
「何があったか、教えてくれるよね?」
僕は、その顔をそっと覗き込む。驚かせぬように、怯えさせないように。
渋谷の顔が僅かに強張り、困惑の色も見えたのは分かっていた。それでも、優しい笑みを一つ返し、顔を引っ込める事はしない。
彼に、一人で辛い思いなどして欲しくはないのだ。今、ここには僕がいるんだ。一人で抱える必要はない。
僕の言葉に、渋谷はほんの少し、視線を落とした。一つ小さく吐いただけの息が、やけに辛そうに感じられた。
「……コンラッドが……コンラッドって、おれの大切な仲間なんだけど、な……」
「うん」
「コンラッドが、行方不明なんだ。しかも……おれを守る為に、怪我したまま」
思い起こすように呟きながら、揺らぐ瞳は遠くを見つめている。
悔しそうに噛んだ唇が、痛々しく切れていた。何度、どれだけ長い間、彼はその唇を噛んでいたのだろう。
それでも、僕は何も止める事は出来なかった。
「……渋谷」
その名を呼んで、自分の手を渋谷のそれにそっと伸ばす。
握った手が、僅かに震えている事には気付かない振りをして、僕はただその横顔を見ていた。
「おれ、無力だな」
長い沈黙の後に呟かれた言葉は、微かに震えていた。
それは、『コンラッド』の安否への不安だけではない、幾多もの感情が混ざり合っていた。
渋谷自身、その絡まり合う感情がなんなのか、分かっていないくらいに。
「……それは僕もだよ」
震えそうになる声を押さえて、僕も吐き出すように言葉を返した。それは、渋谷に聞こえるか聞こえないか、そんなレベルのもの。
悔しくてたまらないのは同じだった。いくら膨大な記憶を持とうと、僕は無力なのだと実感する。
(不安に震えるきみの手を、こうして握る事しか出来ないなんて……)
夜は、空のあまりに高い所で、ただ、更けていく。
行く先すら見えぬ漆黒の中、僕らは惑う事しか出来ない。
END
2009. 8.20
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