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B/M小説



 剣を拭き終え、テーブルを挟んでギルヴァイスは男から出されたお茶を飲んでいた。
 夜が明けるまで休んでいけばいい、と男が提案してくれたからだ。正直ギルヴァイスも今直ぐにこの足では動きたくなかったし、やはり暗闇は何かと不都合だったのでそれは有難かった。
 お茶をすすりながらも男の顔を覗き見る。こういう場面で、僅かな表情の変化も見逃さぬようにと思ってしまうのはやはり仕事柄だろう。

 その顔は大小様々な傷だらけだった。顔だけではない。体にも――服から出ている部分の手や足にも多くある。そしてその殆どが古い傷のようだ。
 傷というのは、それが真新しいか古いかある程度は分かる。男の傷はそう新しいものではない。寧ろ何十年と昔のもののように見える。しかしながら、今度はそこまで古いものだと深かったり大きかったりしない限りは残らない。

「何だ?わしの顔なんてじろじろ見おって」
「………アンタは、何者なんだ?」

 苦笑混じりの男の言葉に、漸くその疑問を口にする。
 始めから思っていた。気配の消し方からして普通に生活しているような者ではない。部屋を見渡すと斧や濃具などがあり、見た感じは民間人のようだが、そんな者のものではない。あれは戦場に身を置いた事のあるような者のものだった。
 言動とてそうだ。何処か含みがある。表面を見る分には平坦であるが、腹を探ればかなり深いような感じがする。

「ただの木こりじゃよ」
「嘘だ」
「本当じゃ。………昔は……確かに軍人じゃったがな」

 そうか、とギルヴァイスは頷くと口を閉じた。
 気配の殺し方も、深い古傷も、特有の雰囲気も、全てそれならば納得がいく。
 己の肩から少し力が抜けるのを感じた。自分でも気付いていなかったが、どうやらまだ大分警戒していたらしい。

「わしはな、これでも昔は魔王城で兵士として働いてたんじゃよ。信じられないかも知れんが…」
「いや、分かる。常人ではないと思ってた」
「ははは、昔の話じゃがな。今はただの森の木こりじゃ」
「辞めたのか?……何故、と聞いても…」

 ふと男の瞳が陰る。何か忘れたいような思い出でもあったのかも知れない、とギルヴァイスは尋ねた事を後悔した。
 他が方はどうかは知らないが、少なくとも魔王城の兵士が辞めたという話は昔はあまり聞かなかった。今でこそ、レイジやジーナローズへの反感から辞めていく者も反旗を翻す者もいるが。
 慌ててギルヴァイスは謝罪する。言いたくないならいい、と。しかし、男はそんなギルヴァイスに穏やかに口を振った。

「わしも誰かに話してみたかった、のかも知れんな。偶にはいいじゃろう。長い話になるがそれでも構わんか?」
「……アンタが、構わないなら」

 どうせ夜明けまでまだ時間はある。
 ギルヴァイスが頷くと、男は何処か遠くを見るように窓の外へと視線を向けた。






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あきゅろす。
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