B/M小説
3
魔王城へ帰る途中、レイジはずっとギルヴァイスを振り返る事はなかった。
だから尚更、ギルヴァイスもレイジに声を掛ける事は出来なかった。
頭の中では様々な事が絡まるように巡っており、一歩また一歩と進む足さえも重い。
心と体はやはり繋がっているらしく、本人の言う事を聞いてはくれない。
――それ故に、遅れてしまった。
人間が近くにいる事に気付くのがレイジと比べると大分。人間如きの気配に気付けないなどと情けない。
「総員!掛かれッ!」
それでもそういった事は続くらしく、レイジの命令にも反応するのが遅れた。
己の気の緩みに溜め息が出そうになる。戦場での一瞬というのは、その生き死にの分かれ目になる事も多いというのに。
一拍の間を置いて、レイジを追うようにギルヴァイスは戦闘に加わった。
その一番近くでいつものように剣を操る。ただ普段と違うのは、やはりその心の奥深く。
変わらぬ様子を演じてはいるが、自分自身は誤魔化せない。不安ばかりがただ込み上げて来る。
レイジはどうだろうかと見ても、ギルヴァイスとは違い、その様子はあくまでも平静である。
心に一つの波風すら立てられないような存在なのかと思うと、寂しいような気がする。
(……好きになってもらいたい訳じゃねぇ)
そんな贅沢は言わない。ただその隣に居られれば、ただそれだけでギルヴァイスは幸せだった。
(ただ、要らないとか思われたくない)
せめてその傍にいる事だけは許してもらいたい。嫌われてもいい。こちらを見てくれなくとも構わない。
初めから期待などしていなかったのだから。ジーナローズという存在がある限り、ギルヴァイスがギルヴァイスである限りきっと無理だから。
(それでも、お前がどうだろうが守りたいんだ。ただ守りたいんだよ…)
なんであれ、少しでもいいから守りたかった。少しでもいいから様々な苦しみを和らげてやりたかった。
物理的な傷だけじゃなくて。例えば、以前にあった姉弟の出来事のようなものから。レイジを罵るもの、否定するものから。
「……ギルヴァイスッ!」
「……………え?」
レイジの声に、ぼやけていた意識がクリアになる。
その名を呼ぶ声は珍しく切迫詰まったようなもので。どうしたのだろう、とレイジを振り返ろうとした。
―――刹那、突き飛ばされたような感覚がした。
感じた掌の温もり。強い衝撃。地面。付いた手。赤。揺れる髪。赤。レイジの歪む表情。赤。赤。敵の剣。血を帯びていて――。
全てがスローモーションのように感じられた。
意識がこちら側に戻って来ても、まだ目の前で起きている事に理解が追いつかない。否、理解したくないのかも知れない。
「レイ、ジ……?」
「………馬鹿、めが…っ」
「レイジ……?」
「……お、前は、」
「レイジ!?おい、いい!いいから喋るなっ!」
倒れたレイジの体から留めどなく溢れる大量の血を見て、漸く事態を把握する。
レイジがギルヴァイスを庇ったのだ。庇って代わりに怪我をしてしまったのだ。
視界が涙で歪む。
ああ、本当にどうしてこんな事になっているのだろう?どうしてレイジがこれ程までに血まみれになってなどいるのだろう?
とにかく止血をして、ギルヴァイスはレイジにヒールを掛けた。
咄嗟の事だった為に急所に近かったのだろう、凄い量の血だった。急所ではなかったというのは不幸中の幸いだろうが、素直に喜べない。
ギルヴァイスの頭には、今戦闘の最中であるという、自分が置かれている状況など欠片もなかった。
周りに気を取られている余裕などなかった。敵の数はもう少なく、味方の兵士もいたので怪我をする事なくレイジに専念出来たが。
「どうして……お前がオレを庇うんだよ…ッ!」
気を失ったレイジを見つめながら歯噛みをする。
とりあえず血は止めたが、流れてしまった血はもうどうしようもない。後はレイジの体力次第だ。
最悪の事態を考えると、目の前が真っ暗になる。世界の全てが色彩を失ったように感じられる。
(馬鹿はお前の方だ、レイジ……この馬鹿野郎…!)
抱き締めたこの体が、いつ冷たくなってしまうか、考えるだけで恐ろしい。とてもではないが生きた心地がしない。
嘗て感じた事のない程の恐怖にただ体が震えた。
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