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B/M小説




 ただ一人の主の為に生き、主の為に死ぬ。
 レイジの為にならば命を落としたとしても、ギルヴァイスに後悔はない。寧ろ本望である。元々、レイジが望めばその命など躊躇いもなく差し出すつもりなのだから。
 この命はギルヴァイスのものであって、ギルヴァイスのものではない。

 だから、ギルヴァイスは首を振った。投げ掛けられた問いに、穏やかなまでに静かな微笑を浮かべて。
 もしギルヴァイスが、その問いに頷くとしたら、それは逆に何もしなかった時なのだ。



 一切と言っても良いほど音はないこの部屋は、厳粛なまでに静かだ。
 室外では多少の騒音はあるのだろうが、重厚な壁がそれを一切中には届かせない。
 執務机に向かって、ギルヴァイスが手にしているのは兵士に関しての報告書。
 どれだけの兵士が死に、どれだけの兵士が生きているか。今、どれだけの兵士が動ける状態にあるか。
 レイジが見ているのも同じものだ。戦力を把握していなければ、何も始まらないのだから。

(………くそッ)

 目にした死者の数字に、ギルヴァイスは忌々しげに眉を寄せる。
 上に立つ者は、何に関しても冷静でいなければいけない。感情的になっては戦況を見誤る事もある。
 多くの者の命を握っているのだ、だからどんな状況だとしてもそれらは忘れてはいけない。忘れる事は許されない。

 ――分かってはいるものの、戦場を知るギルヴァイスはそれらを紙上の数字として捉える事は出来ない。
 沢山の部下が血を流し、死にもの狂いで戦っている姿を知っている。生か死か、極限の戦いを知っている。
 戦場を支配する死の香も、吐き気がするような匂いも。何もかも自分の身で体験し、痛い程に理解している。
 今日笑っていた者が次の日には、もうこの世にいないという事も少なくない。それでも涙を流す事は許されない。その気持ちを知っている。
 だからこそ、ただの数字としてなど見られない。今この瞬間にも血は流れ、命を落としている者とているのだ。


「失礼致しますッ!」

 扉を叩く音が聞こえたと思えば、その人物はこちらの返事も待たずに入って来た。
 何かと思いながら、報告書に視線を落としていたギルヴァイスもレイジも、そちらを見た。
 そこには、真っ青な顔で、パニックに陥っているような兵士が居た。

「あ、あの、その…っ!」
「落ち着け。何があった?」
「も、申し訳ありませんッ!」

 己の醜態に気付いた兵士は、自らを落ち着かせようと大きく深呼吸した。
 そして、重い口をゆっくりと開く。

「アルファードが、人間の襲撃を受けています。それも、壊滅的に近い、という事です」

 あまりの事態に、ギルヴァイスは息をする事も忘れた。
 レイジも同じだろう、勤めて表には出さんとしているが、その表情は驚きを含んでいた。


「なん、だって……?」

 漸く、ギルヴァイスが絞り出すように出せた言葉は、大した意味も持たないものだった。

「そちらへ向かった兵士の一人が、援軍を要請しに城へと帰って来ました。その兵士も、かなりぼろぼろの状態です」

 アルファード、というと魔界の主要な都市の一つだ。
 物の流通も人の往来も盛んで、ここが駄目になるとかなりの打撃を受ける事になる。

(ここまで人間の侵攻が……ッ!?)

 激しい苛立ちと、やるせなさを感じた。
 確実に、直ぐにでも民間レベルで影響が出る。ただでさえ皆圧迫されているというのに、これ以上となると相当辛いだろう。





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