まい・でぃあー 25
まるで知らない人がきたかのように他人行儀で言葉を放ったふぁーすとにぼくは少し動揺していた。ぼくの中の彼女はもっと違っていて、もっと愛嬌がある。けれど、さっき見たのは一体誰なんだと言いたくなった。
そんな彼女の後を追って屋敷内を歩いていたら、手入れが行き届いていない事に気づく。まるでずっと誰も住んでいないような‥‥。
そんなこと考えてる暇ないな。
彼女が入っていった部屋の前で足を止めた。
‥‥正直自信がない。何の自信かって訊かれればうまく言葉を選びきれないけど、今のふぁーすとにどんな言葉をかければいいのか。
それでも‥、ここまで来たんだ。意を決して扉をノックする。シャーロットさんじゃないと感づいているのか暫く何も返事がなかったが、どうぞ、と扉越しに聞こえたからそっとドアノブを捻った。
中に入るとこの部屋の外と違ってえらく綺麗だった。そしてふぁーすとを見てみると窓際のふかふかとしてそうな赤い長椅子に腰掛けて外を眺めていた。そんな彼女にぼくは、らしくないと思いつつも、何も言葉が出なかった。
「今日も外は静かですわね。」
そんな中、先に口を開いたのは窓の外を見つめたままの彼女だった。いつも静かなんだろう、ここは。なんせ、こんな森の中だ。誰も立ち寄らないだろう。流石忍びと言ったところか。人気の全くないところに家を建てるとは。けれど本人は居ない。ずっとこの少女の牢獄だったんだと感じてしまった。
「なぜこちらまでいらしたのかしら?」
「あなたに会いたかったからです。」
「‥‥、そうですか。ではお帰りになられてはいかがでしょう。もう目的は果たしましたでしょう?」
「その喋り方、どうにかなりませんか?」
聞いてるこっちが変になりそうだった。こんな感情のないような彼女と話すせいで。きっとこんな風にこの中で育ったんだろう。気品があって、上品で、お淑やかで、誰もが模範とする貴族のお嬢様として。
「殿方は、そこまでしてわたくしに会いに来られて。とても可笑しいですわ。」
違う、‥違う違う違う。
ぼくの知ってるふぁーすとはこんな子じゃない。
ぼくの好きだったふぁーすとはこんな子じゃない。
「ぼくの名前、忘れました?」
「いえ?早々に忘れてしまうほど愚かな頭はして居なくてよ。」
「いちいちいちいちっ!どうしてそんな言い方をするんだよふぁーすとっ。」
思わず、声を荒げた。耐えられなかった。こんな彼女に。‥、ぼくの勝手な期待がこうさせたのかもしれない。てっきり、僕たちを見れば前のように馬鹿みたいに笑顔で駆け寄って来てくれると思ってた。
でも、現実はこれだ。
「ぼくが自惚れてたのか?」
「‥‥、。」
「どれだけぼくを振り回せば気が済むんだよっ!ふぁーすとにこんなに心を乱されてるのにっ‥‥。」
下を向いて、思い切り拳を握って。ぼく自身も何を口走ってるんだと、頭の中では冷静になろうとしてるのにできない。どうしてこうも感情的にしか言葉が出ないんだ。
すると、下を向いてるからぼくの足しか視界になかったのに、服の擦れる音がして綺麗な生地のドレスも視界に入って来た。
そっと顔に触れられて、正面を向かせられた。
「馬鹿な人‥。」
すごく近くで見た彼女の顔は、今にも泣きそうな顔だった。
「私を連れて行こうとでも思ってるの?」
「‥‥、出来る事ならそうしたい。」
「‥ありがとう。諦めて。」
そう言って顔から手を離してぼくに背中を向けた。
「帰ってくださる?」
「ふぁーすと、。」
「帰って!‥‥帰ってよっ。」
そのまま床に崩れ落ちて泣き始めたふぁーすとをただ見ることなんて出来なくて、そのまま抱きしめた。今彼女が何を考えてるなんて分からない。けど、ぼくが泣かせてるんだ。そうに違いない。
僕たちが来なければ、ふぁーすとはこの屋敷で延々と続く生活を変わり無くしていたはずで、泣くこともなかっただろう。
「ふぁーすとごめん。ぼくは一緒にいたい。」
「なにっ‥言って‥‥。」
「あなたがここに残るならぼくも残ります。」
あなたと居たいから。ただそれだけなんだ。
続く
20170610
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