まい・でぃあー 19
何が起きたんだ?何でふぁーすとさんが…こんなことに。病院の手術室の外でふぁーすとさんの血がべっとりと付いた手を座り込んで眺めていた。
予想外だった。油断していたとはいえ、ぼくならフィーネさんをぎりぎりで避けられた。そのつもりだった。なのにぼくに苦無を向けてるふぁーすとが庇うなんて思いもしなかった。
「どうしてぼくを…」
「ジェージェー、ほら」
「ノーマさん」
見上げた先には濡れたタオルをぼくに差し出してるノーマさんが居た。受け取るとよっぽど疲れたようにドカッとイスに座り込んで上を見ながら大きな溜息をついてた。
「ジェージェーさー」
「なんです?」
しばらく黙って手に付いた血をそのタオルで拭っていたらノーマさんが話しかけてきた。声色はいつもオチャラけたような感じじゃなくて至って普通だ。
「どうしてって悩むとこかね」
「は?」
「忘れたわけじゃないっしょ。あだながジェージェーにべた惚れだって事。あんな子が殺せやしないし、殺されそうなところを黙って見てるだけって訳あるわけないじゃん」
「けど、」
「毎日毎日ジェイジェイって。ほー…んと、バカだよねあだな」
鼻を啜る音がした。泣いているんだと思う。だからぼくはそんなノーマさんを敢えて見なかった。
「ジェイ!ノーマ!」
「クー?」
走ってきたって解かるくらい息を荒げてやってきたクロエさんにノーマさんはすっとイスから立った。それに釣られるみたいにぼくも立ち上がる。
クロエさんたちはフィーネさん達の事を任されていて病院には一緒に来なかった。
「ふぁーすとはっ…?」
「まだだよ…」
「そ、…か」
少し間を置いてから腰を下ろしたクロエさんはゆっくり口を開いた。
「フィーネ達だが、やっぱり息を引き取っていた。だから今レイナード達が近くに墓を立ててやっている」
「…そうですか」
「フィっちんも厄介だったよね」
「何言ってるんですかっ、彼女にも良い所はたくさんありました」
けど、けど…。
「まだ庇い立てすんの?ジェージェーいい加減に、」
「けど、正直今でも動揺してます。あの人はあのまま平和に暮らせなかったのかなって…」
そう言えばノーマさんは黙り込んだ。落ち着いた声でクロエさんが「ジェイ」と呼ぶ。ゆっくりと目を向ければ、やはり真剣な表情をしていた。
「まだフィーネが好きか?」
「…ぼくは」
「それはそれで良いんだと私は思っている。フィーネも想ってくれる人が居るだけで報われるだろう」
「そう、ですね。…けどそれはもう恋なんかじゃなくて…もっと違う…そう、思い出のひとコマに確かに居た人物です」
忘れないってだけでも報われますよね?フィーネさん。ぼくは黙って手術室の扉を見つめた。
「ふぁーすとさんとの約束を果たしたいです」
「へ?」
『貴女がピッポ達への苦手意識を克服すれば、ここに住んでも構いませんよ』
『ほんとっ?』
お願いですから助かってくださいよ。じゃないと、今度はぼくが報われませんから。恋愛感情があるかなんてまだ解からないけど、落ち着かない。
そんな事を切に祈っていたら大きなその扉が開いた。どうやら何とか命を取り留めたようだ。そして病室に運ばれて半日が経った。だけど、…。
「ふぁーすとさん」
目を覚ましてくれない。息は確かにしているのに。ノーマさんたちがすっかり寝てしまっている中、ぼくは居たたまれずにふぁーすとさんの手を握る。
「ぼくだって嫌ですからね、ふぁーすとさん…」
貴女が目を覚まさないなんて。そんなの嫌なんですから。
「あ、れ…」
ぼくまで寝てしまっていたらしい。握っていた筈の手がない。慌てて頭を上げてベッドを見てみる。
「居ない…居ない!」
ベッドにはふぁーすとさんの姿なんてなかった。ぼくは慌てて皆を叩き起こす。
「なんじゃ、ジェー坊…まだ夜中、」
「それどころじゃありません!!ふぁーすとさんが居ないんです!」
その言葉に皆も慌てて起き上がった。
「いつから!」
「知りませんよ!」
「とにかく皆であだなを探そうよ!まだ近くに居るかもだし!」
「ああ、皆手分けして探すぞ」
そうして皆病院から出てあちこちを探し始めた。もう、あの人は本当に…。
どこなんですか…ふぁーすとさん。
20140209
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