彼女の世界
それから
教室では、度々目が合うけど互いに話し掛けはしなかった。
でも、またあの時の非常階段の一番下で会った。
「次の時間は移動?」
「いつもここに来てんの?」
笑って冗談を言った彼女を無視し、噛み合わない会話をする。
だって、俺だけかもしれないけど。
あの日が忘れられなかったから。
色んな話をした。
「痛くねぇの」
「うん」
嘘だ。あの眉間の皺がきっと証拠。
「それよくやんの」
「うん。てか見たよね?」
傷のことを言ってるのだろう。
まあ、見たけど。
「でもなんか、反応薄いよねぇ」
初めは俺の一方的な質問ばかりだったけれど、そのうち会話になった。
俺は、彼女のような人達は、傷を見た周りに心配してほしくて、この行為をしているのだと思っていた。
だけど、初めて本当にしてる人を見て。
「これは、……救い、なわけ?」
カッターを彼女の手から取り、カチカチカチ、と刃を出したり戻したりした。
このカッターが、この行為が、彼女にとっての支えなのだろうか。
彼女を見て、考えが少し変わったんだ。
もしかするとそうなのか、という風に。
俺のその問いに、彼女は答えなかった。
俯く彼女の表情はわからなかった。
その日のその場は、それから沈黙しかなかった。
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