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「よし、こんな感じでいい?」
「ああ、凄いな紫苑。ありがとう」
いきなり名前を呼ばれて、少し吃驚した。
「え…あれ、名前言ったっけ?」
「俺だって同室者の名前くらい覚えて来たさ」
「あ…そっか、そうだよな」
イケメンは声もイケメンだ。
その声で名前を呼ばれるだけで、ドキドキしてしまうではないか。
「それよりもうこんな時間か…夕飯食べに行かない?」
「うん。寮内食堂だよな?」
「そ。ゴメンな、こんな時間まで片付け手伝わせて」
「いいよ。西條一人でやらせたら一生終わらなさそうだったし」
あはは、と冗談交じりに言ったつもりだったのだが、そういうと西條は考えるように黙り込んだ。
何か気に障る事言っちゃったか…?
「紫苑って意外と手厳しいな…」
「え?」
「取り敢えず、俺が名前で呼んでんだから苗字じゃなくて名前で呼べよ」
「あ…うん、わかった」
実は、わざと苗字で呼んだんだけどね。
西條はとても整った顔立ちで、少し髪も長めで、見た目も雰囲気もイケメンって感じだ。
絶対なんかキラキラしたオーラとかフェロモンとか出てるし。
あの笑顔で囁けば、堕ちない女性はいないだろう。
何もかも普通な俺とは住む世界が違う気がして、一線を引いて接したのだ。
でもせっかく向こうから仲良くしようとしてくれてるんだから、それを無下にするのは良くないよな。
「じゃ、湊。早く食堂に行こう。もう8時過ぎてるし」
若干の違和感を感じつつも名前で呼ぶと、湊は満足げに微笑んだ。
…さっきから湊が笑う度に見惚れてる自分、何。
食堂に着くと、そこはピークを過ぎた筈なのにまだ結構人がいた。
きっとみんな、俺達と同じように片付けに手間取ったりしたのだろう。
当然だけどここは男子寮内の食堂なので、居るのは食堂のおばちゃんを除いて男だけだ。
でもなんだろう。何か、カッコイイ人ばっかりのような…?
整った顔立ちの人が多い気がする。
でもその中でも湊のイケメンオーラは埋もれない。全然見劣りしてないし。
メニューを頼もうとカウンターに近付くと、上の方に看板が掲げてあるのが見えた。
『薔薇園』…?
何故薔薇?この食堂の名前なのかな。
「いらっしゃい!何にする?」
ぼーっとしてたらおばちゃんに声を掛けられた。
おばちゃんと言っても30代前半くらいで、俺のイメージの中の食堂のおばちゃんよりは結構若かった。
湊はまだ考え中のようだったので、俺は適当に目に入ったものを注文した。
「えーと、じゃあからあげ定食で」
「はいはい!そっちの子は?まだ考え中みたいだね」
はきはきとしたおばちゃんは、ずっとニコニコしている。
こんな時間まで大変だろうに。
「お疲れ様です」
「え?」
「いや、こんな時間まで大変だなぁと思って」
「あはは!ありがとね!でも全然大丈夫だよ。
知ってる?食堂ってね、人間関係が見えやすいんだよ。一つの欲を満たすところだからね。人の本音が出易いんだ。勿論言葉に出る訳じゃないけど。
だからあたし達はあんた達見てるだけで楽しいから、疲れなんて帳消し!」
そう言って豪快に笑うおばちゃんはなんだか格好良くて、軽く尊敬した。
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