# もう夜の10時を過ぎた寮内は閑散として、廊下を歩く人間は俺一人。 足を擦る音が無駄に響く。 点々と淡い照明に映し出される自分の影が不気味で、出来るだけ音を立てないように早足で歩いた。 部屋に着くまでのほんの数分で、部屋に着いたらどうしたらいいかを考えた。 堂々巡りの思考で、やっぱり『謝る』しかないという結論に至った。 脳内シミュレーションしたって仕方ない。 相手は今日会ったばかりで、性格なんて知らないんだから。 よし、と気合いを入れてゆっくりドアを開ける。 「た、ただいまー」 呟いただけの声は、狭い廊下で留まってリビングへは届かない。 いや、呟こうと思ったんじゃないんだけど…呟きになっちゃった。 俺は友達と喧嘩したこととかないし、本気で拒絶されたこともないし。 それを湊がしそうだと予感して、本能が怖じけづいてるんだ。 しかも湊は同室者。こんな初っ端から仲違いしたくない。 リビングからは明かりが漏れているから、そこにいるのだろう。 自分の部屋なクセに、侵入者のようにそろそろと歩いて、 リビングの扉を開けた。 「遅い」 ソファーにゆったりと足を組んで座り、本を読んでいた湊の第一声。 「何してたんだよ」 苛立った声で言われ、睨まれる。 ちょっと怖いけど、予想通り。 「ぼーっとしてたら迷っちゃって、先輩に怒られてたんだ」 「ふーん」 俺の返事なんか聞いちゃいないような気のない返事だった。 「…ごめん」 「なにが?」 「湊、何か不機嫌だから」 「俺が何で不機嫌かわかんないのに謝んの?」 「細かい事はわかんないけど、俺が原因だろ?」 「だったら細かい事まで考えろ」 湊の変わり様は不機嫌だからとかそれだけじゃない気がする。 だって食堂に行く前、この部屋に居た時は、かっこよくて爽やかで落ち着いていて優しい感じだった。 食堂に居た時は本当に不機嫌って感じだったけど、今はもう完全に怒ってる。 けどそれにしたって、命令口調でそんなこと言うの、さすがに理不尽じゃないか? 「俺だって考えたよ。考えてわかんなかったから、でもほっとけないから言ったんだろ」 自然と語気が強くなりそうなのを、努めて抑える。 「勝手に不機嫌になられたら俺たって困る。まだお互いの性格だってよく知らないのに、理由なんてわかりようがないじゃん。俺が何したっていうんだよ」 言いながら段々言葉が尖ってしまった。 後半、言わなくてよかったかな…と自己嫌悪。 「…逆。したんじゃない、してないからだ。 紫苑はなんで俺に寄って来ないんだよ?」 「…………は?」 「紫苑は平凡過ぎるから俺に近付き難いのか、もしくは人見知りかと思ってれば、あのチビには簡単に懐くし。俺と飯食うってのになんでわざわざ他の奴引き込もうとすんだよ。マジありえねぇ」 ハッ、と呆れと苛立ちの混じった溜め息を吐いて、湊は言葉を締めくくった。 その眉間には深いしわが刻まれ、視界には俺を入れようとしない。 いかにも不快感を露わにしている。 え…てか、誰だよ?こいつ… [*前へ][次へ#] [戻る] |