#1
「ここかぁ…」
俺、小柳紫苑(こやなぎしおん)は無駄にデカイ綺麗な建物の前にいた。
それは俺が明後日から通う矢及高校の男子学生寮だ。
私立矢及高校は、県内でも高い偏差値をもつ進学校。
しかし高学力を持つのは実質女子だけで、男子は馬鹿が多い。
なぜならこの学校には男子のみスポーツテストで入学出来る制度があるからだ。
馬鹿でも進学校に入学出来るというのは世間体的にはおいしい話だと思うが、実際授業についていくのは厳しいだろうと諦める者も多い。
だが男子より女子の方が多いこの学校。
馬鹿な男子は女子に勉強を教えてもらってあわよくばお近づきになろうと、入学を志願する輩は多い。
お陰で近年の矢及高校の体育コースの倍率はどんどん高くなり続けていて、俺が志願したのも運よく受かればいいなーくらいの気持ちだった。
そして運よく受かってしまった俺は、矢及高校への入学を決めたのである。
やっぱ女の子多いってのは、オイシイと思うし。
期待と不安に胸を膨らませ、自分に割り当てられた部屋に向かった。
俺がこれから生活するのは310号室。
2人部屋。
同室が気の合う人だといいな。
最悪でも3年間一緒に過ごすんだから、仲良くしないと。
310号室の扉を叩いた。
「………」
しかし返ってくるのは沈黙。
まだ同室の人は来てないのかな。
鍵を開け中に入る。
入ってすぐ吃驚した。
勿論資料の写真にはざっと目を通したけど、こんなに綺麗だとは思わなかった。
入って直ぐのリビングは白で統一され、清潔感のある部屋に、シンプルな家具付き。
ご丁寧に大きくて座り心地の良さそうなソファとローテーブル、テレビにDVDデッキも置いてある。
ソファなんてベッドが必要なくなりそうな程、横になるとサイズが丁度良く気持ちがいい。
男子寮なんて、どうせ男しか使わないんだから汚くなるだろうし、数も多いんだから部屋はおざなりなもんだろうと思ってたのに。
いい意味で予想を裏切られたなぁー!
これは他の部屋にも期待が膨らむ。
プライベートルームはどうなっているのだろう。
俺はわくわくしながら勢いよく扉を開けた。
そして一瞬固まってしまった。
そこには予想外に人がいた。
机に座ったまま、腕を枕にこっちを向いて眠っている。
その少しあどけない顔には睫毛が影を落とし、春の陽気に気持ち良さそうな表情は、引き込まれそうに綺麗だった。
暫く停止していた俺は、自分がこの見知らぬ人にめちゃくちゃ無遠慮な視線を浴びせていることに気づいて、慌てて顔を引き締めた。
…それにしても、綺麗な顔だ。
さっきは勢いよく扉を開けてしまったけど、起こさなくて良かった。
この時期は何かと疲れるものだし、眠っているのだから、そのままにしておいてあげよう。
俺はそっとドアを閉めると、もう一つのプライベートルームに向かった。
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