#3 「なぁー、これどっちがいいと思う? 何がどうなってると新鮮なんだっけ」 「ハンバーグ食いたい」 未頼は特売の2つのレタスのどちらを選ぶかに腐心していて、迷った挙げ句奏芽に判断を委ねたのだが、野菜に興味のない奏芽は思いっ切りスルー。 その上超個人的な希望を言い出した。 「おま………奏芽は本当に俺の話きかねぇな」 奏芽と未頼は、昼間のデパートに来ていた。 何故かというと、 このあいだの仕事で奏芽は怪我を負い、風邪をこじらせた。 風邪なんてもんじゃ済まされない程に体は衰弱していたのだが、奏芽の体は基礎体力がしっかりついていたので、大事には至らなかった。 数日点滴を受けた後の、自宅療養中。 過剰に心配した未頼は奏芽の熱が下がるまでベッドから降りることも許さず、体にいいだろうとお粥ばかり与え続けた。 おかげで奏芽は何かもっと歯ごたえのある、スタミナのつくものが食べたくて仕方なかった。 肉とか肉とか肉とか。 飢えた獣の気持ちがよく分かる。 まさに歯痒いとはこのことだ。 そしてやっと熱が下がり、もう大丈夫だと未頼に必死にアピールして、やっと買い出しに来れたのだ。 果てしなく肉を欲している時に冷蔵庫に水とネギしかなかった時の絶望感といったら……察してもらえるだろうか。 ちょうど買い物にはずっと来ていなくて、食料ついでに日用品もと思い、普段は決して来ないデパートに来たのだ。 「人がサラダ用レタスを選んでる時にハンバーグ食いたいて……俺の予定メニュー全否定かよ」 「肉が食いたいんだよ」 未頼的にはまだ病み上がりな奏芽をあまり連れ回したくなかったので、一ヵ所でいろんな物が買えて家から一番近いデパートに来たのだが、 「我が儘言うんじゃありません!」 「母かよ、キメェ」 俺が肉を探して来てやる、と未頼からカゴを奪う。 好き勝手辛辣な奏芽に逆に振り回されてしまっている。 ――しゃーない。 奏芽はデパートなんて来るの初めてだろうから。 はしゃいでいるのだろう。 未頼への辛辣なツッコミも心なしか弾んでいるし、足どりも軽い。 「肉コーナーどっち」 「わかんね」 「…役立たず」 奏芽のそういうところが可愛い。 つい甘やかしたくなる。 「あ、焼き肉のタレ…」 「ハンバーグじゃないのかよ?」 「…ハンバーグに焼き肉のタレつけても、美味くね?」 「ぉ?それは新しい試みだな…不味そうじゃねーけど」 しかしこの二人、果てしなくこの『休日昼間のデパート1階食品売り場』という空間で浮いている。 要因はたくさんある。 未頼は金髪に耳はピアスだらけだし、服装もチャラくはないが今時の若者といった感じの派手なものだ。 奏芽は真っ黒い髪の前髪をのばしていて、片目はほぼ髪で隠されている。服装は特に派手ではないが、未頼と並ぶ事で綺麗なコントラストが出来、一層際立っている。 [*前へ][次へ#] [戻る] |