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抜苦与楽

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太陽は何日も休んでいなかった。
ギラギラと射し込む西日と、窓を閉めきっても鼓膜を蹂躙する蝉の声が、憂鬱を増幅させる。

寮の自室に帰ってきた高杉は、鞄を放り出し、制服のままベッドに倒れ込んだ。
ぼんやりと体を投げ出したまま、蝉たちの生命のフィナーレの歌を聞く。
そうして、ベッドサイドのチェストから、小さなナイフを取り出した。
刃は曇り一つない銀色。



それを眺めていると、美しい銀色の切っ先に、命を捧げて仕舞いたくなる。
この刃で、喉でも胸でも突いて仕舞えば、大輪の赤い花を咲かせて逝けるだろう。それを想像すると、気持ち良いような、こそばゆいような感覚が、背筋を駆け上がるのだが。


「高杉、またそんなことしてるの」

刃を光に透かしたり、背を指先でなぞったり、ナイフを玩んでいるうちに、ルームメイトの銀時が帰って来た。
銀時は、部屋の反対側にある自分のベッドに鞄を放り、高杉の傍に立つ。

「また、死にたくなった?」

「少し」

妙な答えである。
高杉は切実に死を求めているわけではなく、ナイフの銀色の美しさを見ていると、何となく命を捧げてみたくなる。
そういう意味での、高杉の返答だった。

「だったら、やめとけよ。死ぬのはいつでも出来るけど、死んだ後には何も出来ない」

銀時は、高杉の手から優しくナイフを奪う。
銀時の大きな手にナイフが握られているさまに、高杉はどきりとした。

(つらぬいてほしい)

「銀時」

ナイフを丁重に柄に収める銀時に、腕を伸ばす。
引き出しにナイフを戻した銀時は、高杉に被さる形で、ベッドに上がった。
目と目が合うと、高杉の望みは、別の欲望へとすりかわる。
汗ばむ肌を暴く銀時に、身を任せた。











「ん、ン……っ、く」

寮の壁は、さほど頑丈ではない。あまり大きな声を出さないよう、高杉はシーツを噛んでいた。
大きく脚を開いて、何もかもを光に晒して、銀時の指を、後孔に受け入れる。
少しでも楽なようにといつも塗られる、男子高校生には似合わないハンドクリームが、恥ずかしい音をたてていた。


同級生たちが、女子寮に忍び込みたいだの、誰と誰がキスしているのを見ただの、校内のどこそこで彼女とセックスしただのと噂しているのを、たまに耳にする。
だが、男子寮の一室でこんなことが行われているなどとは、誰も想像しないだろう。

同い年で、同じクラスで、同室で、同じ性別。
最後の共通点だけが、高杉を狂おしいほどに悩ませる。

「ぎん、ときっ……いれ、て」

女に生まれたかったなどと思ったことは一度もない。
だが、自分が女だったなら、銀時はもっと気持ちがいいのだろうか、とは思う。

銀時が入ってくる時、胸に触れようとした手を、指で絡め取った。今は、平らな胸に触れられたくなかった。

十指を絡め合ったまま、体がつながる。痛くて息苦しい結合。それでも、高杉の中心はどくどくと脈打って、体液を滲ませた。

「高杉……、好い」

銀時が眉を寄せながら、高杉にほほえみかけた。

「俺も」

半分は嘘だった。挿入されるように作られていない器官は無理に拡げられてみしみしと悲鳴を上げている。銀時が腰を振りはじめれば、呼吸も上手く出来なくなる。
それでも、高杉はこの行為に性感を刺激された。
早く吐き出したくて、息が詰まろうが腰が抜けようが何でもいいから滅茶苦茶に突き上げて欲しくなる。

今、己と銀時は一つなのだと意識すると、高杉の中は銀時を呑み込もうとするかのようにうねり、それを契機に銀時は律動を始めた。

「んっ、ぅ……、んン」

銀時の括れた部分が、高杉の腹の中を掻き回す。
銀時を慕う心も自殺願望も、高杉にとっては神聖きわまるこの情交を異常と定める世の中への憎しみも、高杉の裡にある全てをえぐり出そうとするかのようだった。

「高、杉……っ」

絡めていた指が離れ、体をまさぐられる。
凹凸に乏しく、柔さもない体でも、銀時はその肌のなめらかさを楽しんだ。


銀時とて、柔い胸の膨らみや、自分と違った構造を持つ、白い腿の間の器官に興味がないわけではない。
だが、顔立ちや胸の大きさ、脚のかたちの良さで選んだ女にデレデレと声をかける同級生たちは理解出来なかった。

あの連中は、こうして体とともに心を通わせることを知っているのだろうか。
ナイフの代わりに性器を突き立て、呼吸も出来ぬほどに責め苛んで擬似的な死を与える。
抱くたびに高杉は死んで、また生まれる。
擬似的な死と再生を何度も繰り返し、結果高杉は銀時に生かされている。

しかしそれ自体が高杉の望みであり、高杉が高杉として存在し続けることが銀時の望みであった。
高杉が死にたくなるのは銀時によって生かされるためなのだ。
銀時はそれを叶えることで高杉を支配する。

曖昧な恋心よりも、自分たちの心の繋がりはずっと深い。
そう思い乍ら、銀時は高杉の奥へと律動を刻みつけた。

「っァ……、ひィ、あ、ンっ」

先走りで中がぬるつき、動きが激しくなると、高杉はシーツをくわえていられず、声を上げてしまう。

「こら、声でけェぞ……」

言った所で止まりはしない。隣室の生徒が、こっそり持ち込んだAVの声だと思ってくれることを祈るしかなかった。

「アっ、で、る…出るっ」

放出は同時だった。直前で引き抜いた銀時の白濁は、高杉の腹の上で彼自身のそれと混ざり合った。
この寮には個別の浴室はなく、大浴場で尻から精液を垂らすわけにいかない。

腹を汚された高杉は、酔いしれたような目で銀時を見た。
銀時は、まだ荒い呼吸のその唇に、深く口づける。かるい酸欠状態。銀時の熱い舌が、今しがたの行為の延長のように、高杉の口腔を犯した。

貪り尽くされ、唇が解放されると、後はただ、自分の呼吸音と蝉の悲鳴が高杉の意識を支配するのみであった。



(銀時、お前といきたい)

掠れた声は、命の大合唱に掻き消された。




<終>




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