銀色の世界 「晋助は、幸せだったのでござろうな」 と万斉は微笑んだ。 そうだろうか。 師を囲み、学び遊んだ日々。 あれは当たり前のことだったはずだ。 ずっと、続く。 そのはずだった 「拙者は忘れてしまったよ。そもそも、そんな時があったかどうか。それすら怪しいものでござるし」 人斬りと呼ばれることが当たり前だったゆえ、と穏やかに言うこの男に、言い返すことができなかった。 ☆☆☆☆☆☆ 土方十四郎。 世界を破壊するのに邪魔な、幕府の狗。 灰汁の強い芋侍をまとめ上げ、少なくとも晋助を多少はうんざりさせるくらいには、戦略的な頭脳を持つ男。 そして、坂田銀時の愛人だ。 笑わせる。 彼を抱く銀髪の男はかつて、晋助たちと肩を並べて戦った。 情を通わせているのがそんな男だと、狗は知らないのか。 (知らねえだろうな) 銀時は言わないだろう。 何を考えているかわからなかった。昔から。 幼なじみの自分を抱き、心を求め、そして去っていった。 心? そんなもんは、あの時消し去った。 師も救えず、師を奪ったその世界も叩き潰せず。 ただ平穏を求めて魂を売り飛ばす。 そんな世界に、生き延びたときから。 ぶっ壊すためには何でもする。 たとえ、幼なじみを手に掛けようとも。 たとえ、その幼なじみに僅かばかりの愛着があったとしても。 銀色のアイツが、俺に心を傾けていたとしても。 「俺が幸せだ? なら、不幸せってのァどういう奴のことだ」 「不幸せなことを知らぬ輩でござるよ」 万斉は淀みなく答える。 「失くして惜しむものもない者もいよう。あるいは失くしてもさほど痛みを覚えぬ。つまり、たいした物は持っていなかった、ということでござろう?」 「……」 「少なくとも、この世界に得るものがあまりなかった。ゆえに、失ったものを忘れてしまったのかもしれぬ」 そんなはずはない。 本当に、些細なことだったのだ。 毎日師に教えを乞い、この先どう生かせるかと思い巡らせ、未来を描いていた。 傍らにひと癖もふた癖もある奴らがいただけ。 それだけだった。 「テメェは寺子屋に行ったことがあるか」 「ござらんなあ。拙者のころはもう、学より剣でござったから」 だから、天人が来ても特に世の中に不満もなかったし、来て良かったとも思わなかった。 「主を美しいと思ったのは、そのせいかもしれないでござるな」 「は?」 「目的があった。そして強い意志も。主は持っていた」 「じゃァテメー、なんで銀時を斬らなかった」 あの男も。 『背筋伸ばして生きていくだけよ』 荒唐無稽なことを口走るあの銀色も。 「ノリが、と言ったではござらんか」 「あン時ァな。今はどうだ」 「……斬るんではないかな。会ってみないとわからんが」 「なんで」 「さあ。岡田のように、眼の敵にするつもりもござらんが、邪魔でござろう? いろいろと」 「ふうん」 だんだん機嫌が悪くなってきたこの男に、無体を強いられる前に床を抜けた。 夜明け前。 船窓から下界を見下ろせば、白黒の世界が少しずつ色を取り戻すところだった。 「万斉。夜が明けた」 「そのようでござるな」 銀時。 俺はお前を責められないのかもしれない。 あの悲しみを忘れたのかと、詰るのは違うかもしれない。 あの人のいない世界を、お前は生きると決めた。 それは、何かを諦めたからかもしれない。 そして死んだ魚のような眼でしか世界を見られなくなった。 俺が冷めた眼でしか世界を見ないように。 俺は、この爛れた世界で僅かばかりの生を甘んじて受け入れる。 あの人を殺したこの世界に。 そして、自分の魂ごとこの世界を壊したい。 魂を売って得た、自分の『生』に、それくらいの価値はあるだろう。 知ってるぜ、銀時。 テメェはこんな世界にも光を見出したんだろ。 端午の節句は、テメェのイイ人の誕生日なんだってな。 真選組の狗に惚れたテメェは、すっかり飼い慣らされたのかと思ったらそうでもなかった。 そういやテメェは昔からヘラヘラしやがって、そのくせ変に頑固だった。 土方で釣れば必ずテメェは掛かる。ただし大人しく捕まるタマでもねえから、釣り上げるには労力がいる。 背筋伸ばして生きていくなんて、大層なこと抜かすから。 テメェは1人大暴れしなきゃァならなくなるんだぜ? 誰もテメェなんか見ちゃいねえじゃねえか。 かの白夜叉が 万事屋なんて胡散臭い仕事して口糊を凌いでるってェのに 真選組すらテメェを見ちゃいねえ。 テメェの色男も、昔の姿は知らねェだろ? テメェは窮屈じゃねえのか テメェの魂を殺して生きなきゃならねえこんな世界、俺ァ小さ過ぎると思うぜ? それとも 「そんなに惚れたのかねェ」 万斉が不満気に鼻を鳴らした。 [次へ#] |