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君のためなら



大きな音をたてて、土方が空のグラスを叩きつけるように置いた。
あ、あからさまに怒ってますよね……?


怒らせた自覚のある俺は、ただ身を竦める事しかできない。


今日うちに顔を出した時既に、土方の機嫌は悪かった。
仕事が忙しかったせいだろうかとか、また沖田くんにおちょくられたんだろうかとか、そういう発想に逃げようともしてみた。が、何の愚痴も聞かされない所をみると、やはり俺のせいなんだろう。













あれは二日前のこと。
土方とは往来で偶然会ったり、飲み屋で一緒になった時に話すことはあったが、わざわざ示し合わせて会うほどの仲じゃなかった。
ましてや用もないのにあいつが家に来るなんて、考えられないことだ。
いや、用はあったのだ。
あの日、突然我が家を訪れた土方に、告白された。

唐突に。

「どうやら、お前に惚れちまってるみてェだ」

なんて。
たしか、自分でも認めたくねェが、なんて前置きもついてたっけか。

俺は面食らった。
今まであいつと関わってきた中の、どこに惚れられる要素があったのか。
でも、もう一つ驚いたのは、土方に惹かれている自分に気付いたこと。

理屈じゃないのかね、こういうの。

そういうわけで、俺たちは付き合うことになったんだが、帰り際にキスしようとした土方を、俺は拒んでしまった。
土方は傷ついたような目をして、でも、何も言わずに帰っていった。








まだ、土方はそのことを怒っているんだろう。
向かい合って座ったままの俺たちの間に、気まずい沈黙が蟠っている。
罵声でもなんでも、浴びせればいい。
俺だって反省してる。
この年でキスもさせないってありえないよな。

でも、長い睫毛に縁取られたシャープな双眸。それが近づいてくるのを見てたら、吸い込まれそうで。依存してしまいそうで。
思わず顔を背けた。

さすがに、今さら年下の男にハマるってどうよ、なんて。


後で、死ぬ程後悔したけど。




さすがにいたたまれなくなってきた時、土方がやっと口を開いた。


「悪ィ…、これ以上無理だ」

何が?と聞く暇もなく、身を乗り出した土方に、顎を掴まれる。

「んっ」

強引に唇が重ねられる。
舌を差し込まれて、身震いした。
巧い……。

ひとしきり唇を貪られ、長い口づけが終わると、土方はすぐに煙草に火を着けた。
そういえば、今日は吸ってなかったな。

「なんなんだよ、いきなり…」

土方は深く煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

「お前が、煙草臭いっつーから、今日はまだ一本も吸ってなかったんだよ」

そう言って、また美味そうに煙を味わい始めた。



確かに、キスを拒んでしまった時、誤魔化すように「煙草臭い」と言った。
それを真に受けて、我慢してくれてた?
こいつ程のヘビースモーカーが。俺の為に。

苛々してたのも、煙草我慢してたから、だったらしい。


なんかそれ、たまらなく愛しいんですけど。


俺はテーブルを回り込んで土方の隣に座り直すと、煙草を奪って今度は自分から、唇を重ねた。


土方は、告白された時の俺以上に、面食らった顔をしている。


悪かった、土方。
声に出さずに、大好き、なんて言ってみた。

〈幕〉




あきゅろす。
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