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あの後、何事も無く過ごしていたがどうしてもあの時の話が気になり、銀時のいないところで新聞を読んだり、ニュースを見て確認した。
昨日の女共が話していたのは最新の事件。
バイト帰りの女子大生が路地裏で亡くなっていたらしい。
その体からは全身の血が抜き取られていたという。確かに首に傷があるとは公表されていなかった。
同様に他にも二件。
いずれも同じ手口で二十歳前後の若い女性。
そう遠くない範囲で見つかっている。
どうあっても気にならずにはいられない事件だ。
毎日外に出る合間にニュースをチェックするのが日課となってきていた。
こんなことを銀時には言えない。例え少しだけでも銀時を疑ったことがわかったらあいつは怒るか呆れるか。
いずれにしろこの事件に興味があるなんて知られないほうがいいに決まっていた。
そう考えていると、ふと思い出した。そういえば‥‥‥一緒に暮らし始めてすぐの頃、一度だけ本気で銀時を怒らせたことがある。
「なあ銀時、俺も仲間にしろよ」
「なに?」
「お前は若いまんま不死なんだろ?俺ァお前とこのままずっといたいと思ってる。だからよ、俺もお前とおんなじ吸血鬼にしろよ。出来んだろ?」
俺としちゃあ真面目に言ったつもりだった。
ずっと寂しかった銀時と一緒にいたいと思った。
なのにあいつは‥‥‥
「ふざけんな。んなこと軽々しく言うんじゃないよ。俺と一緒にいたい?んなもんなあ、一時の感情じゃねぇか」
声を荒げるわけでもなく、ただ静かに諭すようにそういった。
「そんなこたあねぇよ!!俺の気持ちは変わらねぇしお前の為なら、一緒にいれるなら吸血鬼だろうとなんだろうとなる覚悟はあるっううの!」
そう食い下がった途端、バキィッと自分の頬の骨が軋む音が聞こえた。
銀時の拳が俺を吹っ飛ばした。
「つッッ!!なにすんだよ!いきなり!!!」
「落ち着けよ。お前、それ本気で言ってんだったら今すぐ出てけ。んでもう二度と俺の前に顔見せるな」
「なっ」
「吸血鬼にしてくれだあ?お前何にもわかってないよ」
なんだよ‥‥なにがわかってないんだよ。だからってそんなこと言うなよ。
「なにがだよ。だからっていきなり殴るこたあねぇだろ」
ギッと睨んでやったのに、銀時の瞳は暗く無表情で、俺はそれ以上何も言葉が出なかった。
「そのくらいしないと目、覚めないだろ。ねぇ、お前わかって言ってる?大事な人が先にいなくなる悲しみも、化け物って罵られる痛みも、狂おしい程の喉の渇きも、永い命と引き替えにするもんって‥‥‥‥山ほどあんだよ?そんな苦しみをさ分かってんのにさ、誰が‥‥‥‥誰が好きな奴に背負わせたいなんて思う?一緒にいたいからってだけで俺とおんなじ苦しみ背負わせて楽しいと思うか?んなことしてさ、やっぱり吸血鬼になんかなりたくなかったって思うときがないなんて本当にいえるのか?‥‥‥‥その時、お前は、きっと」
一度言葉を切った銀時。
そっと伏せた瞳から涙が零れた。
「きっと‥‥‥お前は俺に会わなきゃよかったと思うかもしれない。呪うかもしれない。俺は、そんなお前の姿なんか見たくない」
ハラハラと静かに涙を流す銀時に、自分が軽く発した言葉の馬鹿さ加減にやっと気が付いた。
もし‥‥もし俺が反対の立場だったら。
やっぱりお前を吸血鬼には出来ないだろう。
自分を呪えば呪うほど、辛いことを経験すればする程、分かっている辛さをどうして愛する人に課せることが出来るだろう。
銀時の言う通り、俺はちっともわかってなんていなかった。
「すまねぇ‥‥‥お前の気持ち、わかってるようでちっともわかって無かった」
「だからバカって俺に言われんだよ」
「でもお前が俺のこと好きって言ってくれたのは嬉しかったぜ」
「ばっ、あ、あれはものの例えで」
「いーって。お前の気持ちは充分ココに届いたから」
自分の胸をトンッと指差しそのまま銀時を抱き込む。背に回った銀時の手が、俺のシャツをキュッと握りしめていたのが切なかった‥‥‥。
あの時の銀時は今でもはっきりと覚えている。
『喉の渇き』か‥‥‥
自分にはわからない感覚だろう。
銀時の筈がないとわかっていながらもやぱり不安は残る。
不安で不安で。
夜ベッドに入った時に銀時に聞いた。
「なあ銀時。お前、最近俺の血飲んでないだろ?」
「ん?‥‥‥大丈夫だよ。前にも言っただろ、別にそんなしょっちゅう貰わなくても大丈夫だって」
「んでもお前、最近顔色悪いような気がするし‥‥」
元々色素の薄い銀時だが、気のせいかここ最近はますます白くなっている気はしてた。
それに痩せた気がする。
「どうせ俺はお前らと違って精気のない顔してますよーだ」
拗ねたような顔をしてはいるが、そんな言葉さえもごまかされている気がしてならない。
「いいから。吸えよ」
「しつっこいねぇお前も。なに意地になってんの?毎日毎日残業して帰ってきてるんだからそうゆうのは体力のあるときにしなさい」
「俺は明日から三連休だからいいんだ」
なんだか銀時を一人にしておきたくなくて、休みを取った。これ以上なんか文句あるか、という言葉の気持ちを込めて銀時の紅い瞳を見つめる。
「わかった‥‥わかったよ。んなに気を使わなくたっていいっつうのにな‥‥‥でも何で急に」
「俺だけいっつも上手い飯食べさせて貰ってるのに悪いと思ってな」
銀時も普通に食事はする。だがやはり定期的に血液を摂取しないとからだが辛いと言っていた。
「何言ってんの。食費はほとんど十四郎のお金なんだからんな変なこと言わないでよ」
「そんな問題じゃねぇんだよ。さ、早くしろよ」
パジャマがわりのTシャツの衿元を引っ張り自分の首を銀時に曝す。
「わかったわかった。それでおまえの気が済むんならな」
そういって銀時は俺に上にのしかかる。首にふわりと吐息がかかり、牙が食い込む感覚がした。痛みは一瞬だけ。その後は意識が遠退いていく。化け物じみた顔を見られたくないから、と言って俺の意識をいつも落とす銀時。
何とも思わないのに。
俺の血がお前の生きる手助けになるのならむしろ喜んで差し出すさ。
だから‥‥‥他の血なんて求めんなよ。
なあ、銀時‥‥‥‥。
そうしていつも通り目の前には暗闇が広がり、俺は眠りに堕ちていった。
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