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今日は最悪の日だ。
付き合ってた女には振られるわ、ボーッとしてたら財布は落としちまうわ。
なあにが「思ってたのと違う」だ。
わけわかんねぇのはお前だろ。だいたい自分から告白してきといて、振るったあどういうことだ。
ったく、俺だって好きで付き合ったんじゃねぇっつうの。
近藤さんが可哀相だとかなんとかうるさいから成り行きだ、成り行き‥‥‥って、これじゃあ振られて当たり前、か。
電車賃もなく、歩いて帰るのも気力がわかず、駅前にある小さな噴水の縁に腰掛けて知り合いが通らないか駅の入口辺りをボーッと見つめていた。
ぽつぽつと、雨が頬にあたる。
地面に描いていた水玉模様はみるみる間に大きな波紋を広げていった。
「なんだよ、弱り目に祟り目たあこのことだな」
はあ、と溜息をつきながらも動く気がせず、腰掛けたまま雨に打たれていた。
しばらくそうしていたが、不意に降り注ぐはずの雨が途切れていることに気付き目を開けると、黒い足が見えた。
うなだれていた顔をあげると、そいつがいた。
真っ黒の上着に黒のシャツ。ズボンも黒で靴もおまけに傘も黒。
黒ずくめの男が俺の上に傘を差し出し雨がかからないようにしていた。
「お兄さん、さっきからずっとここに座ってるね。風邪、ひくよ」
真っ黒の格好に反して銀の髪、そして紅い瞳。
どこからか抜け出てきたようなその容姿に俺は目が離せなくなった。
「お兄さん?聞いてる?」
けだるそうに口を開き、俺の顔を覗き込んでくるそいつは紛れも無く動いてる人間で。
近付いてきた綺麗な顔に、カーッ頬が熱くなるのがわかる。
なんだよ、俺。どうしたんだ、一体。
バクバクとなる心臓に焦りながら平静を装う。
「聞こえてる。なあ、それってナンパ?」
間近にあるフワフワとした前髪の先をつまみ、そう冗談を言った。
「そうかもね」
「はああ?い、いや俺、男だし」
「んなことは見てわかるよ」
「てか、金なら持ってねぇぞ。財布落として一円も持ってねぇし」
「‥‥‥別に、金が目当てで近付いたんじゃないんだけど」
拗ねたように口を尖らせる。くるくる変わる表情。
「じゃあ何だ」
「何かな。やっぱりナンパ?」
「はあ?」
「だってさ、お前、なんかさみしそうなんだもん。俺もさ、さみしいんだよね」
へらっと笑ってはいるがどこかさみしげな顔をした男。ひどく胸が痛くなった。
「俺は土方十四郎ってんだ。お前、名前は?」
俺がそう声をかけると、一瞬キョトンとした顔をしたが、嬉しそうにそいつは笑った。
「銀時。‥‥‥坂田、銀時だよ、十四郎」
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