1 なんだって、俺はこんなに必死に走ってんだ。 ”廊下は走らない”という貼紙を横目で見て、本来なら手本をみせるべき教師のクセに全速力で駆け抜ける。 生徒達が驚いた顔をしてこちらを見てるが、気にせずに目的の場所へと急ぐ。 教えて貰った体育館裏にくると、柄の悪そうな三人が一人の生徒を囲んでいた。 「お前らぁ!!そこでなにやってんだ!!!」 「やべ、指導の土方だっ」 「行くぞ」 バラバラと散っていった生徒の中で残ったのは一人だけ。 銀髪に紅い瞳をした、坂田銀時−−−−。 俺の担当クラスの生徒だ。 「大丈夫か」 「これからいいとこだったのに」 「殴られといて、んなこというな!保健室行くぞ」 坂田の口の端は一発くらったのか、血が滲んでいる。そのほかに擦り傷らしきものが数ヶ所。 その腕をとり引っ張って、保健室へと歩いていく。 「せんせーなんでわかったの?」 「あぁ、山崎がお前が三年の奴らに連れてかれたって知らせにきたんだ」 「ふーん。それでそんなに汗かきながら走って来てくれたってわけ?」 「当たり前だ。お前は、俺んとこの大事な生徒だからな」 「大事な生徒ねぇ」 「なんだ、なんか文句でもあるのか」 「別に」 この坂田は目立つ容貌のせいか絡まれることが多く、前からちょくちょく問題を起こしている。 今年から受け持ったクラスにコイツがいた時は眩暈がした。 俺は生徒指導をやってるのに、よりによって坂田の担任になるとは。 と、いうことで指導という名の元に坂田に関わる時間が長くなった。 それによってわかったのは、コイツが自分から好んでは喧嘩だのなんだのに関わってはないこと。 だいたいが周りから。 また、なかなかに強く、相手をのしてしまうものだから、連鎖的に敵が増えて行く。 だから、少し目を離すと先程のような自体にすぐなるのだ。 他の先生は問題児として見ているようだが、俺は、それがなければ極普通の生徒と変わらないのでそのような扱いをした。 それを「嬉しい」といい、懐くようになった。 保健室の前につき戸に手をかけるが、ガタンッと少し揺れただけで開かなかった。 「あ、そうか。保健の先生、今日は出張だった。坂田、待ってろ。今職員室で鍵貰って来るからよ」 「うぃーす」 そういって手を振る坂田を残して職員室に向かう。 職員室で鍵を貰い、校舎の隅にある保健室へと戻ってくると、ポケットに手を入れドアにもたれ掛かっている坂田の姿が見えた。 ぼーっとした顔は、喧嘩の時とは大違い。だがどこを見ているかわからない目がさみしげに見えるのは気のせいか。 「待たせたな」 「別に」 あんまり関心のないような坂田を保健室に入れ、椅子に座らせる。 「えーと、これ、とこれかな?」 薬棚の鍵を開け適当に薬を取り出し、坂田の前に座り、腕の傷や口許の傷を消毒していく。 「痛ッ‥‥ もうちょっと優しくやってよ。すっげえ滲みんだけど」 「消毒に優しいとかあんのか。喧嘩さえしなきゃ痛い思いもしねぇだろ」 「だって俺なんもしてねぇのに、銀髪が目障りとかわけわかんないこと言ってくるし。‥‥‥先生みたいな綺麗な黒髪がよかったな」 そういって、坂田の白い綺麗な指が俺の髪の毛を撫でた。 「つっ!!」 さらりと撫でられた感覚に、間近で見つめる飴玉のような紅い瞳に、つい、体がピクリと反応してしまった。 なに、動揺してんだ、俺。 相手は十も年下の、しかも生徒だぞ。 「そ、その髪だってお前の個性なんだから大事にしろ」 動揺を隠しながらそんなことを言いつつ、距離をとる。 坂田はキョトンとした顔をして俺を見ている。 自分の思いを見透かされそうで、つい視線を外す。その俺を見てニヤリと笑った坂田の顔なんて、気付いてはいなかった。 「ねぇ、先生。俺の銀髪、嫌いじゃない?」 「ん?ああ。俺は好きだぞ。綺麗じゃないか」 坂田の過去には、黒に染めてこいといわれた先生もいたらしが、俺は指導の面から言っても、元々の色なのならそんなことしなくてもいいと言った。そりゃあそうだろ?黒に染めろというほうがおかしい。 綺麗だ、と思ったのは事実だし。 「‥‥‥じゃあさ、俺は?俺のことは?」 思いも寄らない問いに、訝しげにさらりと坂田のほうを見る。 「な‥‥に‥」 口の中が渇く。 どうゆうつもりで言ってる? 「俺、知ってるよ。だって、土方せんせー、俺のこと、好きでしょ」 坂田は、妖艶なともいえる笑みを浮かべて、俺を見上げていた。 [次へ#] [戻る] |