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とおりゃんせ



*****
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
*****




「天神様にお札、納めに行かないと‥‥ケホッ、総ちゃんに何かあったら‥‥ゴホゴホッ」

「んな具合悪いのに行けるわけねぇだろ。俺が行ってきてやるよ」

「十四郎さん、いつもありがとう。‥‥‥でも、くれぐれもお気をつけて。帰り道は特に」


具合の悪いミツバがそんなことをいうもんだから、天神様というところにお札を持っていく役目を引き受けた。

俺ぁ、最近ここに越して来たばかりだからよく知らねぇが、この地では子供が生まれると健康を願って天神様に札を貰ってくるらしい。
そして無事に数え七つを迎えた後、感謝をこめて札を返す。
ただし‥‥それをしないと今度は悪いことが起きるとか。
まあ、俺はそんなもんは信じちゃいなかったが、この村の奴らは信心深いのか随分と信じ込んでいる。
ミツバも。
体調が悪くなかなか行けないうちに更に総悟が高熱を出したもんだから、お札を納めにいってないせいだと言い出した。
無理をしてでも山の奥にある天神様にお札を返していかないと‥‥‥なんて言い出すもんだから、俺が代わりに行くことにした。

世話んなってるしな。
そのことが原因で熱が出たなんざこれっぽっちも思っちゃいないが、それで気が晴れるならたやすいことだ。

そうして今、その天神様とやらへの道を少しずつ進んでいる。
暗い木々の中霧まで出てきて、昼間なのにやたら妙な雰囲気を出している。


「こりゃあ、雰囲気ありすぎだろ」


村人が恐れるのもわかる気がする。
ここの道へ踏み込んだ途端、神域というかなにか違う空気が流れているのを感じる。

さっさとすますにかぎんな。

懐にあるヒトガタの札に手をやり、歩く足を早める。

‥‥‥‥と。
目の前に何かがいた。
白い何か。
恐る恐る近づくと、なんてことはない、白い着物を着た子供だった。


「おいお前、どうした」


声をかけると座り込んでる子供が顔を上げた。
銀色のくるくるとした顔に痩せこけた顔。
その中で紅い瞳がやけに大きく見える。
紅い瞳。

どこかでこんな瞳をみたような‥‥。

いや、きのせいだ。
俺の生まれ育った里は遠く離れてるじゃないか。
ましてやこんな小さな子供に知り合いなんていない。

‥‥‥総悟とおんなじくらいか。


「お兄ちゃん、誰」


白い子供が、俺を見上げてそう言った。


「誰っていわれてもなあ。まあ、この先の天神様とやらに札を納めにきたもんだよ」

「天神様に」

「ああ、おまえもか?母ちゃんとはぐれでもしたか」


少しの間の後、子供は頷いた。


「この霧じゃあちっと離れりゃわかんねぇしな。俺と一緒に行くか」
「いいの」


あんまり不安そうにいうもんだから、よっぽど心細かったんだろうと思った。


「おっそうだ、これやるよ。疲れてる時には甘いものってな」


ミツバが持たしてくれた飴玉を着物の袂から取り出し、包み紙を開いて小僧の口に入れてやった。


「あまあい」


最初はびっくりした顔をして。次にとびきりの笑顔になった。
思わず俺も微笑み、その手をとり立ち上がらせた。


「こうして行けばはぐれないだろ」


天神様への暗い道を手をしっかりと繋いで二人歩いた。
随分と歩いてきた頃、銀時−−坊主の名らしい−−の足が止まった。

「どうした」

「俺、足疲れたからここで休む」

「何言い出すんだ急に。疲れたんならおぶってやろうか」

「いい」


そういって手を振り払い、道の片隅にちょこんと座り込んだ。


「天神様ならすぐそこだよ。どうせ一人ずつしか入れないし、俺、母ちゃんくるかも知れないからここで待ってる」


言われて前を見ると、確かに前方にうっすらとお社が見えた。


「本当だ。なんだ銀時、詳しいな。お前来たことある‥‥‥‥銀時?」


銀時がいた場所に視線を戻したが、その姿は無かった。

周りを少し捜しても見つからず、狐にでも化かされたかと思う。
暫く立ち尽くした後、とりあえずお札を納めにきたのだからとお社のほうへと足を向けた。





無事にお札を納め帰ろうとすると声をかけられた。

「アンタこの辺の人じゃないねぇ。帰りには充分気をつけなよ」


神社の住人にしちゃあ随分と化粧の濃いババァだ。
まさかとは思うが‥‥。


「あんた、銀時の母ちゃんか?」

「!!あの子にあったのかい?‥‥‥そりゃあますます気をつけないといけないねぇ」

「母ちゃんじゃねぇのか?」

「んなわけないよ。天神ノ森に我が子を置いておけるほど冷たい女に見えるかい?それに‥‥あの子に母親なんていないさ」

「どういうことだ」

「見たっていうのなら教えてやろうかね」


ババァは語り出した。

今から二十年程前の話。
天神様に納めるものはヒトガタの板なんかではなく、本物の人間の子供を、一年に一回近隣の村の七ツを迎える子供の中から一人人柱として差し出されていたらしい。
そしてある年のこと。
人柱として差し出されたのが、村の者でもない銀時という子供。
この子供、実は自分の子を差し出すのが嫌な親が、人攫いからでも買ったのか何処から連れて来たのかわからなかったが、村人はわかってはいても暗黙の了解とやらでそのまま行事を進めた。
七日間の断食をさせ、この道を通り、もう一歩で社に着くというときに‥‥‥逃げ出したのだ。


「それでその子供‥‥‥どうなったんだ」

「それが不思議なことにどれだけ捜しても見つからなかったんだよ。逃げたはいいものの、食事もとってなかったんだ。対して動ける筈もないってのにねぇ」

「生きてんのか死んでるかわかんねぇってことか」

「生きてることはないと思うけどね、まあ、生きてりゃアンタと同じくらいにでもなるかねぇ」

「‥‥‥そうか」

「まあ、待ちなよ。続きがあんだから。結局、人柱は他の子供がすることになった。
ところがどうだい、ここに辿り着くまでもなく大人は不思議な力で途中で死んでしまい、子供は知らないうちに村に戻っちまうていう事件が起こった。
それが二度三度と続き、とうとう逃げた子供の祟りだとまでいいだす者が出て、今みたいにヒトガタを個々で納めるやり方になったってわけだよ」

「それが俺になんの関係があるってんだ」

「ただね、今でも時々神隠しに会う人間がいるのさ。
だから絶対に振り返ったらダメだよ。
前だけ向いていきな。
多分あの子‥‥坂田銀時が寂しいから道連れを作ってるって話もあるけどね‥‥‥て、人の話は最後まで聞くもんだよ!
‥‥‥あーあ、いっちまったよ。何でかしらないけどアンタみたいに綺麗な黒髪の男が一番危ないってのにねぇ」



坂田銀時。
ババァの話が本当なら。
アイツはもしかして。
頭ん中に浮かび上がる映像。
随分昔の、忘れていた記憶。





『さあちゃん、あしたもあそべる?』

『うん、あそぼ。でもさあちゃんじゃなくてぎんてよんで』

『ぎ‥ん?』

『うん。そっちがおなまえなのー。さあたはうえのなのー』

『よくわかんなーい』

『いーいーの。だからぎんねーわかったあ?としぃ』

『わかったよ』

『じゃああしたね。あしたもおむかえきてね』

『うん、いくからね。あしたね』

アノコハドウナッタ?





*****
行きはよいよい 帰りは怖い
怖いながらも 通りゃんせ
通りゃんせ
*****





相変わらず人のいない薄暗い道を足早に歩いていると、ヒタヒタと何かが後ろからついて来た。
子供ではない。
重量感のある足音と存在感。


『後ろを振り返ったらダメだよ』


わかってるさ。
ミツバもそう言っていた。
後ろを向いたら違う世界に引き込まれるから気をつけて、と。
前だけ向いて歩きゃあいーんだろ。


『帰り道に気をつけて』


こういうことか?

一定の距離を保ったままの後ろの人影。
気にはなるがそのまま歩き続ける。
静かなまま細道を歩いてると、不意に少し低めのぼそぼそとした歌声が聞こえてきた。


「とおーりゃんせぇ、とおりゃんせ、こーこはどぉこの細道じゃ‥‥」


なんだ?
俺あ、もしかして後ろの奴にからかわれてんのか?
怪しい奴なんかじゃなく、こいつもただの参拝帰りじゃないのか。お互いに大丈夫か探り合ってるだけじゃないのか。
それとも‥‥‥本当に物の怪の類なのか。

縮まらない後ろの気配にイライラしはじめていたとき。


「‥‥行きはよいよい、 帰りはこわいー、こわいながらもとーおーりゃんせ、とおーりゃーんーせー‥‥‥」


声が途絶えたと思ったら、目の前に人の影。

いつの間にっ?

すぐ間近、同じ目線の位置に紅い瞳。


「‥‥‥‥ってね。知ってる?この唄」


銀色の少し長めのふわふわの髪の毛、白い着物を着た男が、正面から顔がくっつきそうなくらいの距離で俺を見据えていた。

物の怪か?!それとも鬼?‥‥‥‥いや、コイツは‥‥‥。


「銀時?」


さっきみた時は子供の姿だった。
でも、コイツは銀時だと直感が告げる。
じゃあ、後ろの奴は?

くるりと首をまわして。

しまった、とおもった。

周りの景色が色を無くしていく。
真っ白な世界に真っ白な男。
俺を見つめる紅い瞳だけが色を持っている。


「ずっとね。ずうっと待ってたんだよ、トシ」


寂しそうに銀時が笑った。
やっぱり、お前か。


「俺もだ」


消えてしまったお前を想い、随分泣いていた。
さみしすぎて記憶が失くなるほどに。


「トシ‥‥俺、わかるの?」


綺麗な紅い瞳が揺らいでいる。


「わかるさ。銀‥だろ。迎えにくるの遅くなって悪かったな」

「としぃ」


ぽろぽろと零れる大粒の涙。

雫が地面に落ちる。

落ちた雫が染み込んだ場所から。
真っ白の地面からザザザッと音が拡がり、みるみるうちに周囲が色彩を取り戻していく。

全ての色が戻った森の中で、銀時は小さい子供のようにまだ泣いていた。
その身体を両の腕でそっと包み込む。


「長い間‥迷子だったな。もう大丈夫、俺がいるさ」

「うん。トシ、一緒にいてくれる?」

「勿論」


俺の身体に回る白い腕は、暖かかった。





抱きしめた腕の中で、銀時が小さくクスリと笑った気がした。





「つかまえた」





「ん?何か言ったか」

「ううん。大好きだよ、トシ」



20100205→あとがき

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