バレンタイン2010 「只今帰っでござる」 晋助の自室の襖を開け、とりあえず帰還の挨拶をする。 いつものように外を見ながら酒を飲んでいた晋助は、チラリとこちらに目線を移した。 「万斉、これ飲め」 いくつかある銚子の中から一つをつまみ上げ、拙者にすすめてくる。 「いや、拙者今さっき来たばかりでござるから風呂でも入ってからゆっくりするでござるよ」 「なんだ?俺の誘いより風呂のほうが大事だってか」 やれやれ。 どうやらかなりの酒量を飲んだらしいな。 よくよく見れば晋助の足元にも徳利が転がっている。 「誰もそんなことはいっておらぬ。では、一杯貰うとしよう」 いつもは早く風呂に入って外の匂いを落としてこいというのに、今日はどうしたことだろう。 頭の中に疑問符を描きながら、晋助の傍に近付きすでに用意してある猪口を手に取る。 「自分で飲め」 先程の徳利を渡される。 なんなのだ一体。 仕方無く手酌で盃に注ぐと、フワリと甘い香りがしてきた。 「これは?普通の酒とは違うでござるか」 「‥‥‥珍しいから買ってみたけど俺の口には合わねぇからてめぇが全部飲め」 「珍しいでござるな、晋助が洋酒などとは‥‥口に合わぬのならこれは拙者がいただこう。晋助ほどこだわりはない故」 なんだ。 自分が飲みたくないものを人に押し付けたかっただけでござったか。 ‥‥‥それにしてはやけに晋助の態度が落ち着かないような? 「どうしたでござるか」 「なにが」 「なにやら落ち着きがないというか‥‥」 「んなこたねぇよ、さっさと飲め」 まさかこの酒なにか入っているでござるか? まあ‥‥‥例えそうだとしても、主が飲めというならばどんなものでも飲むのが拙者の忠誠の証。 覚悟を決め、液体を口内へと流し込む。 ‥‥‥‥‥‥あ。 口の中に広がるほろ苦い様で少し甘い風味で、今日が何の日であったか思い出した。 ああ、なんだそうであったか。 男同士の拙者らには縁遠きことと思っておったのに。 思いがけない出来事に、つい口元が緩んでしまう。 「主も素直ではないな。‥‥‥‥‥今までで一番美味い酒でござるよ」 「何のことかわからねぇな。美味かったんならそれでいいじゃねぇか」 そう言って自分で酒をついで飲んでる顔は少し嬉しそうで。 つい、触れたくなってしまう。 「それでは拙者からお返しを」 「あ?」 晋助の顎を取り口づける。 唇を割って入り、舌を絡め吸ってやる。 充分に味わってから最後に下唇を舐めて離した。 「おまっいきなり何しやがるっ」 「甘いキスのお返しでござるよ」 「お返しって、お返しは三月だって聞いたぞ‥‥‥あ」 墓穴掘りでござるな晋助。 情報源は来島殿辺りでござろうか。 今や真っ赤になってるその身体を両の腕で抱きしめる。 「三月十四日にはもっと甘いお返しするでござるよ」 「甘ぇのはてめぇだけで充分だ」 何を言う。 晋助も甘いでござるよ。 二人共に思いは同じか。 甘く香しく、そして焦がれるように少し苦い。 それはまるでチョコレイトのように。 20100214 →あとがき [次へ#] [戻る] |