1 「あ、目ぇ開いた」 さわられているようなくすぐったさに目を開けると、深い碧の目がすぐ近くで自分を見ていた。 「誰?」 まだ頭がボーッとしながら目の前の人物を確認する。見たことがない大人がベットに一緒に横になって自分の頭を撫でている。 人? じゃあない。 だって頭に耳が付いてる。それは、くるくる動いている目に連動してるかのように、ピクピク動いている。 「おっもしれぇなあ。ちっちぇー」 ニコニコしながら楽しそうに拙者の耳をさわってきたり鼻をつねられたり。 「おい。質問に答えろ。お前誰だと聞いている」 父上の仕事柄、不思議な生き物が時々屋敷内をうろつくのには慣れているが、自分の部屋まで入って来られたのは初めて。 手を払いのけ睨みをきかせてやる‥‥‥が。 「ぶっっ、あはははははっ」 睨みが効いたどころか、あろうことか大声で笑い転げ出した。 「な、何がおかしいっ笑うなっ」 もう寝てるどころじゃなかった。布団を跳ね退け、枕をそいつに叩き付ける。 「うおっ、ちょ、やめろよ、落ち着け」 枕を簡単に奪われ頭を撫で付けられる。 「子供扱いするなっ」 「だってお前子供だろうがよ、万斉」 そういって、まだ笑いを堪えてる風な彼は、目尻を指で拭いながら頭上から俺を見下ろした。 確かに拙者はまだ学校にも通ってない年齢だがそんなに笑うとはなんて失礼な奴だ。 「‥‥‥なんで拙者を知ってる」 「ん?んー。それはな、俺がお前の猫だから」 「猫?」 「そう。お前の黒猫」 猫。 立ち上がってこっちを見てるのは若い男。 顔の半分を隠している長めの黒髪に黒い耳。 黒いピッタリとしたシャツに短いズボン。 その後ろで、黒の尻尾が動いている。 「黒猫って、父上と一緒にいるのとかか?」 「ああ、そうだな」 「でも父上の黒猫はお前みたいじゃない。ただの猫だ」 「あ゛?そりゃあただ力が足りないだけだっつうの。んでも喋るぐらいはしてんだろ?」 「話しは、する」 父上にはいつも傍に黒猫がいる。仕事のパートナーだという猫は確かに話しをする。 当たり前のように存在してたから、話しをする猫が珍しいだなんてしばらく気づかなかった。 ずっと前から、それこそ拙者が生まれる前からいる老いた黒猫。そんな猫がこの家にいるのが普通だった。 拙者の家は中世の頃活躍した大魔術師の血を受け継ぐ由緒ある家系。 拙者も家業を継ぐべく、日々厳しい修業をしている。 その中で黒猫は、普段は家族同然の様でありながら、いざという時は一歩身を引いた、従者のような扱いで過ごしている。 なにやら御先祖様が契約を結んだらしく、代々の当主に遣え、その手足となり仕事をする使い魔だという話を父上から聞いたことがあった。 「そうだろうがよ。まあよかったな、お前には俺様が付いてやるから安心しとけ」 「目」 「ん?」 「その目、どうした。そんなので拙者の使い魔が務まるのか」 「お前‥‥ちっこいくせになかなかの物言いだな。この俺が使い魔になってやろうってんのに。出来るかどうかお前で試してやろうか?」 ユラリとその男のまわりの空気が歪むのが見えた。 こちらに向かって手を伸ばすと、自分の身体が宙に浮いていくのがわかる。 「うわっ、ちょ、降ろすでござるよ」 バタバタと虚しく宙をける足。 男はニヤリと笑っている。 「さあ、ここからどうするか。‥‥‥そうだ」 近付いてきたと思ったら頬に手を添えられ、唇に温かい感触が。 「な、なにをするっ」 「はは、かーわいい。こんなことされても抵抗もできねぇんだ。いい気味だな。俺のことを役立たずみてぇにいったお返しだ」 クックッと笑う男。 顔が真っ赤で今だにジタバタしている拙者。 力の差は歴然だった。 「なにをしているのですか!今すぐ万斉様を下ろしなさぃ!!」 「チッ、見つかっちまった」 部屋に入ってきた父上の黒猫の出現で、術がとけて地面に降ろされる。 「晋助、今はまだ会うべき時ではないでしょう」 「いーじゃねぇかよ。久しぶりにこっちにきたんだから将来のご主人様に挨拶だよ、あ・い・さ・つ」 「どうみてもただの挨拶には見えなかったですよ。さあ、もう魔界に帰りなさい晋助」 促され、ふて腐れたような顔をしている。 先程、父上の黒猫には力がないといっていたのにこのやり取りを聞いているとどう見ても、しんすけとやらのほうが上下関係は下に見える。 「わーったよ。じゃあまたな、万斉。せいぜい頑張って修業しな」 ポンと拙者の頭に一度手をのせ、ドアの方へと向かって行く。 「ま、待て」 「んあ?まーだなんかあんのか?」 「次はいつ会えるのだ」 「そうさなあ、お前が一人前になって俺が遣えてやってもいいって思った頃かな」 そう挑戦的に言い残して去っていった猫。 絶対、認めさせてやる!! 拙者の使い魔だというやつに負けたのが悔しい。 だが、そのうち早くまた会いたいという気持ちのほうが勝り、それからはより一層修業に励むこととなる。 あれから、十年。 ついに、待ち望んでいたその時が、来た。 [次へ#] [戻る] |