はじまりは雨の中で
「容赦ねぇな‥‥‥お前が人斬り、河上万斉か」
そう言って近付いてきたのは、口元に笑みを浮かべ、重低音を体に纏い、濃い血の臭いを漂わせた、飢えた狼のような片眼
をした男だった。
「‥‥‥くっ!!!」
キーーーンと音が重なる。
新手が来たのかと思い、有無を言わさず切り捨てるはずが、刀を合わせてかわされる。
「‥‥‥主はあやつらとは違うようだな−−−何者だ」
艶やかな派手な着物を来た男は、倒れている人の山をちらと見、眉を僅かに寄せる。
「あんなゴミと一緒にしてもらっちゃあ困る」
確かによくよく見れば仲間には到底見えない。
返り血で視界が滲む。
「何用でござるか」
警戒は解かない。
刀を構えながら相手の出方を待つ。
相手の眼力は強く、今にも気圧されそうな気迫だ。
「ククッ、いいねぇ、お前。いいよ。−−−−−俺と一緒に来い」
小雨が降る中、それが晋助との初めての出会いだった。
「あの時も、雨が降っていたでござるな」
飼い猫のように。
晋助は胡座をかいた足の上に頭を乗せて、横になっている。その艶やかな黒髪を撫でながら昔を思い出す。
「あの時ってどの時だよ」
けだるげに返事が返ってくる。
「初めて晋助に会った時のことでござるよ。あの時の晋助は、拙者が喰われてしまうかと思うくらい凶暴だったな」
「んだよ、その過去形。今はどーなんだよ。俺が腑抜けちまったっていいてぇいのか」
低い声が機嫌の悪さを出している。
「違う違う、そーではない。晋助は戦場ではいつでも獣でござる。ただ、拙者の前ではかわいい獣になってくれてるでござるよ」
ゆるゆると髪を撫でる。
「ばっかじゃねーの。なんだよ、かわいいって」
「そうやって、照れているところがかわいい」
「イタっ!!痛いでござるよ」
撫でていた手に思い切り噛み付かれた。
「調子にのってんじゃねぇ。てめぇは枕になってりゃいーんだよ」
「晋助が枕でいろというのならそうするでが‥‥それだけでよいのか?こう酷い雨では外の仕事は皆無。−−−晋助は今日が何の日か知らないのか?」
サングラスを取り、思い切り甘い声で囁く。
「‥‥‥知ってる。今言ってたじゃねぇか」
横目でちらりと見て、短く拗ねたように返してくる。
「ちゃんといわないとわからないでござるよ」
「俺が‥‥‥‥お前見つけた日」
‥‥‥‥。
「見つけたって‥‥‥拙者を犬や猫等と勘違いしてるでござるか」
普通は出会った日では?と、つい笑ってしまう。
「‥!いいんだよ。捜してたんだから」
「?拙者を?」
「神出鬼没の人斬り万斉。興味あるじゃねぇか」
確かに。
晋助の興味を引いたかもしれん。
あのころはさしたる目標もなく、気に入らないものを次々と斬り捨てる日々を送っていた。
苦々しく笑いながら晋助の髪を撫でる。
「それは知らなかった。晋助に捜してもらっていたなどとは実に光栄。人斬りもしておくものでござるな」
「‥‥まあ、慣れてみればただの人だけどな」
ドクン、と胸が高鳴る。
人斬りでもなく、プロデューサーでもなく。
「‥‥‥ただの、晋助が好きな一人の男でござるよ」
「おめぇは!恥ずかしいこというなっ」
晋助が起き上がり、その手で口を塞がれる。
照れてる顔がかわいくてしかたがない。
そのまま抱きしめ、耳たぶを軽く口で挟み、舌を差し込みしばし楽しむ。
「拙者、本当に枕だけでよいのか?」
ハァっと熱い吐息を出した晋助は、ふるふると弱々しく首を振った。
「では、どうすればいい?」
一瞬、その隻眼に睨まれた。
が。
「‥‥‥お前の好きにしろ」
といい、唇を合わせてきた。
外は雨。
降り続く雨が二人の甘いときの始まり。
過去も、今も、この先も。
→あとがき
[次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!