3 「何故拙者を避ける」 「別に避けてなんていねぇぜ」 「ならば、質問を変えよう、晋助。どうして部屋に呼ばぬのだ」 「用がねぇから」 そういって脇を通り過ぎようとする晋助の腕を掴む。 「何だよ」 訝しげに見上げてくるその瞳に。 つい出てしまった。 「拙者、主が好きでござる」 「は?」 「主が好きだと言っておるのだ。だから呼ばれねば気になるし、もしや他の者が呼ばれてるのではと勘繰ってしまう。晋助の体には誰もふれさせたくはない」 一瞬、目が見開いたような気がしたが、暗く伏せられた。 「んなこたしてねぇよ。でも万斉‥‥‥俺にゃあ、好いただの惚れただのは余計だ。おめぇがまたそんなこと言うなら、もうお前とは寝ない。二度と言うな」 そうぼそぼそと言い、腕を振り払い行こうとする。 「晋助!」 今、捕まえねば。 この腕をとらなければ、永遠に手に入らないような気がして後ろから抱きしめる。 「離せ」 「イヤでござる。今離したら晋助は遠いところに行ってしまう気がする」 肩口に顔を埋め、繋ぎとめるように抱きしめる腕に力を込める。 暫くそうしていると、ふと手に、温かいものがポタリと落ちたのを感じた。 「晋助?」 「なん‥‥‥で、お前は‥‥‥」 「ん?」 「そんなこと、俺に言ってくんだよ。一緒にいられなくなんだろうがよ」 「どうして」 「お前といると、おれの心が弱くなるッ。俺はもう、大事なモンなんていらねぇんだ。心もいらねぇ。んなもんは‥‥あの日、あの時、あそこに‥‥捨ててきたんだ!なのにお前が、そんな顔で俺の名を呼ぶから、余計な感情がでてくんだよッッ!」 声を震わせて話す晋助を、クルリと振り向かせて目を合わせる。 朱色に染まった目元からは、涙が流れている。 「晋助‥‥‥拙者、いつもどんな顔で主の名を呼んでいた?」 「嬉し‥‥そうだったり、つ‥らそう、だったり」 スン、と鼻を鳴らしながら答える姿がかわいくて、つい嬉しく思ってしてしまう。 「そうであろうな。晋助と一緒なのは嬉しい。でも、最近のように冷たくされると寂しい。なぜだかわかるか?主が、好きだからでござる」 「お、れは、好きとか無理。」 「では何故泣いているのだ」 流れて出る涙は核心。 何が邪魔をしているというのか。 「強く、いなけりゃいけねぇんだ。感情なんてものは、この腐った世界壊すのにいらねぇんだよ」 暗い目をして、まるで呪文のようにぶつぶつと呟く。 そうやって、前に進んで来たのだろうか。 ああ、この人は−−−。 どれだけ自分を傷つけて、押し込めて、進んできたのだ。 胸が、痛んだ。 「晋助、よく聞いて。弱くなんてならない。晋助は強い。ただ我慢が過ぎるところがある。だから、痛みや苦しみがあるなら拙者が半分もらおう。そのかわり、拙者の楽しみや喜びは倍にして晋助と楽しみたい。死んだ者を忘れろとはいわぬ。その晋助の思いも全部ひっくるめて拙者は一緒にいたい。 だから、晋助。拙者を好きになって」 「もう‥‥‥‥大事な者を失うのは嫌だ。そんなくらいなら最初から、ないほうがいい」 「大丈夫。拙者は死なん。ずっと側にいる」 抱きしめる手に力を込める。 「ほ‥‥‥んと、に?」 小さく、震える声。 「見た目通り、なかなかしぶといでござるよ。だから‥‥ね」 促すように頭を撫でると、そろそろと晋助の手が背中にまわってきた。 「絶対、死ぬんじゃねーぞ」 「絶対に。晋助の側にずっといる。守れたら、晋助は拙者を好きになってくれる?」 「考えとく」 その答えにクスリと笑う。 これが晋助なりの今の精一杯の答え。 「では誓いのキス、させて」 「ん‥‥」 月夜の下でキスをした。 涙の味の優しいキス。 お互いを抱きしめ合い、存在を確かめるように。 見ているのは、空に輝くお月様だけ。 夜空に誓う、心からの口づけ。 20090728 →あとがき [*前へ][次へ#] [戻る] |