5 帰還
「晋助様、河上が帰還したッス」
部屋の外から来島の声がした。
万斉が?
よりによってこんな時に帰ってきやがって。
気にはなるが、会いたくはない。
何より、あの情景を思い出すと余計に目が霞む。
今は目を見えるようにしたいのに、元凶が来たのでは埒があかない。
「俺ぁ今、誰にも会いたくねーっつっただろ。報告なら武市にしろっつっとけ!!」
「わ、わかったッス」
乱暴に言い放つと、来島の足音がバタバタと去って行くのが聞こえた。
目が見えない分、音が耳障りなほど気になる。
使えない部分を補うかのように発達するとはよく言ったものだ。
しばらくすると、ドタドタと騒がしい足音が二つ聞こえてくる。
「ゃめとくッスよっ!」
来島の声が聞こえる。
‥‥とすると、もう一つの足音はアイツか。
「来島殿は下がっているでござる!」
シュッと音がして、襖が開いたのか外気が流れてくる。
「来島ぁ、俺の言葉ぁ聞いてなかったのか?お前もだ、万斉。報告は武市にしとけっつったろ」
「拙者は晋助に用があるから参っただけ。報告なら後でしておく」
引く気のなさそうな声音、やれやれと思う。
なんだってんだ、こんなときに限って。
この間まで、放りっぱなしだったくせに、なんで今は呼んでもいないのにくるんだ。
「何の用事があるのか知らねぇがいいだろう。来島、下がっとけ」
「はいっ」
「万斉、中に入って戸を閉めろ」
パタンと音がし、戸が閉まったことがわかる。
万斉は‥‥どこにいるのだろうか。
今日は、月明かりも薄く、真っ暗に見える部屋の中では伺えない。
万斉がどこにいるかわからない俺は、外を眺めるフリをして顔を背ける。
「それで?用ってのは何だ」
「先日のことだが」
「‥‥‥‥‥なんだよ」
「医者が来たと、来島殿が言っておった。その後、晋助が人払いをするようになったと聞いたのだが。どこか具合でも悪いのか」
なんだ、そっちかよ。
なにビビってんだ俺。
来島のやつ、よりによって万斉に知らせるこたあねぇのにな。
「腹の具合が悪かっただけだ。具合が悪いときゃあ誰でも人には会いたくねーだろ」
「そうか」
これで納得してくれりゃあいいけど、そうはいかねぇだろうな。
次に何言ってくっかだな。
「では、晋助」
不意に、すぐ傍、斜め後ろで声がし、反射的に俺は右腕を振り上げる。
「何故主は自室で在るに関わらず、傍らに剣を置いておるのだ」
振り上げた右腕を捕えられ、万斉の指が腕に食い込む。
‥‥‥この指があの女に‥‥‥
クソッ目の前が見えねぇっ
余計なこと考えんじゃねぇ、俺。
目を必死にしばたかせるが、ちっとも視力は回復しない。
「お主‥‥‥目が見えておらぬのか?」
ああ‥‥‥もうばれちまったモンはしょうがねぇ。聡いこいつにこれ以上何をいっても無駄だろう。
コクリ、と素直に小さく頷いた。
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