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触れようとした手をかわされる
時々見せた柔らかな微笑みは見られなくなった
視線さえも以前のように強い瞳ではなく、伏し目がちになり長い睫毛が影を落とす
そして
自分の定位置に他の奴がいるということが、こんなにも目の前を真っ暗にするとは思わなかった
「−−−み、河上ッ」
呼び声に顔を上げると真近に艶やかな黒髪が見えた。
「高‥杉?」
手を伸ばすと、すぐに触れそうだった髪はそっと遠退いた。
「悪ィ、呼んでもなかなか起きねーからよ。次、教室移動だぜ。残ってんの俺らくらい」
彼が何故『悪い』というのか。
少しの間の後、気まずそうな高杉の表情で寝起きの頭がやっと現在と合致し理解出来た。
「かたじけない。今すぐ準備する」
「‥‥‥眠そうだな。お前が教室で爆睡してんの初めて見た」
「ちと眠れなくてな」
「また曲作りか?」
「まあそんなところござる。さあ行こう」
肩を並べて廊下を歩く。
たわいのない会話をしながら。
いつもと変わらぬように見えて、しかし今までとは確実に違う高杉がそこにいた。
******
「俺、お前のこと好きだ。‥‥恋愛的な意味で」
そう言った高杉はとても真剣な表情をしていて。
冗談で流せない雰囲気を持っていたから拙者も真面目に答えた。
「すまぬ。高杉とは、よい友人でいたいと思っている」
男同士でもそうゆう話があるのは知っていたが、まさか自分の身に降り懸かるとは思っていなかった。
しかも相手は高杉晋助。
高校に入ってから一番の気のあう仲間で、校内はもとより休日もほとんど一緒に過ごしていて。
この高校を選んでよかったとまで思った友人からのいきなりの告白は、驚き以外の何者でもない。
しかしそれを受け入れられる筈もなく、断った。
自分が受け入れられないだけで偏見を持つつもりはないし、勿論高杉とは友人を続けたい。それで当たり障りのない言葉を選んだ、つもり。
「そ、か」
その一言を言ったきり、俯いて黙りこんだ高杉にどうしたらよいものかと思案し、出た言葉が。
「高杉は、その、男の方が好きなのか」
場繋ぎとはいえ、あとから思えば考えのない言葉を言ったものだ。
「あー‥‥そう、かな。多分。悪ィ、俺気持ち悪いよな」
眉をハの字にして無理に笑う姿に心が苦しかった。いつもの強気な彼からは考えられない表情。
「そんなことはない、そんなものは人それぞれでござるからな。高杉という人物をわかっているのに、それしきのことで友人をやめるとかは拙者言わぬよ」
自分の希望もあったが、高杉が気持ち悪いなどというもんだからフォローしたつもりだった。
「ありがとうな、河上。こんなこと言い出したのに、まだ友達でいてくれるとかオメェはやっぱりいい奴だな!」
バシバシとカバンで背中を叩かれて。
その後は何事もなかったかのように駅までの道を二人で歩いた。
何も変わらない。
そう思ってたのは拙者だけだったのだろうか。
翌日から高杉は、拙者に触れなくなった。
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