月夜の晩に見惚れるものは
襖を開けたまま固まってしまった。
そこに見える情景があまりにも幻想的で。
美しくて。
「どうした」
この世のものとは思われぬものが声を発し、我にかえった。
「傷が痛むのではと思い、薬をもってきたのだが・・どうでござるか」
大きく窓を開け放ち、片膝を立て座っている晋助は、ふぅと煙を吐き出す。
「傷?こんなもんは傷に入らねぇよ」
月を背にニヤリと微笑むその姿さえ、幻のように感じられ、早く捕まえなければ、という衝動に駆られる。
それを押さえるために目を月に逸らし、声をかける。
「嬉しそうでござるな」
正直、そう思った。
紅桜もその工場も大破したというのに、晋助といえば機嫌が悪くなるどころか、むしろ楽しんで見える。
−−−原因はあの二人でござるな
坂田銀時と桂小太郎。
春雨と手を組むための道具として選んだあの二人。首を取らせてやるといったあやつら二人。
「晋助は、坂田と桂が逃げおおせるとわかっておったのではないか」
あの二人は強い。よっぽどの策をはらないと、首はとれぬと思った。
春雨が失敗する分にはこちらに落ち度はない。充分にお膳立てはしてやったのだから。
なにより−−−二人と対峙したときの晋助は楽しそうだった。
それに付け加え、この上機嫌。昨今では見られない表情をしている。
「さあ、どうだろうな」
月を見ながらの気のない返事がかえってくる。
ザワザワと心が波打った。
目の前の大事な人は自分ではなく過去の二人に思いを馳せている。
自分には向けられたことのない表情で。
晋助の全てが知りたい。
晋助の心を自分で埋め尽くしたい。
独占欲が次々と湧いてくる。晋助の全てになりたい。
頭より先に体が動き、その−−−赤い唇に口づけた。
「どうした。満月に欲情でもしたのか」
クックッと笑いながら蠱惑的な瞳で見つめてくる。
「満月などには興味はござらんよ。拙者は晋助が欲しいでござる」
今、この時だけでも頭の中を自分でいっぱいにしてほしい。縋りそうになる声をしまい、なるべく平然といってのける。
縋れば逃げていくだろう。
この蝶は。
「万斉よォ。おめァ、今傷がどうのとかいってたんじゃなかったかァ、おい」
ニヤニヤしながら濃紫の瞳がこちらをみている。
その目にうつっているのは自分だけ。
「晋助が平気だといったではないか」
そういいながら、更に深い口づけを落とす。
拒否しないということは、いいということだ。
そう解釈し、先を進む。
今はまだ。
欲望の先に見えるものはない。
だがいつかその心を自分一人に向けさせてみせる。
必ず。
「晋助・・好きでござるよ」
自分の目にうつるはこの光りだけ。
ただ唯一のお前だけ。
終
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