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★ちょっと注意な咲フラ
怪我をするのが好き。
単純にいたいのが好きとか、そういうんじゃないけど。そういう性癖は持ってない。だけど、怪我をすればいいことがあるから。おねえさまだけの咲夜を、いちにちだけひとりじめできる。だから昨日も、わたしは館をぬけだす振りをして。だから結局、うでを一本やられて肝臓もぐちゃぐちゃにつぶれた。いたかったけど、でももっとうれしかった。
「お嬢様」
このときだけは妹様じゃなくて、お嬢様ってよんでくれる。怪我なんてほんとは昨日で完治したのに、咲夜はわたしのぐあいがわるいと嘘をついてくれたのだ。
「さく、…っ」
咲夜のつめたいゆびがわたしの太ももをなぞる。それがあまりにも刺激的であつい吐息を漏らしたら、ちゅう、ってくちびるを塞がれた。
「お嬢様、綺麗です」
しろいベッドで、わたしたちは許されないことをしていた。咲夜はおねえさまのメイドで、わたしはただの妹、だ。さらにはおねえさまに内緒ときた。だけどもそんな事実がわたしたちをもっと高ぶらせて、呼吸がおいつかなくなる。
とけてしまいそう。
咲夜のつめたいゆびさきは、わたしのからだをどろどろにとかしていった。
★ドS大妖怪の弱み
この地を踏むのもいつぶりか。幻想郷と夢幻世界の境界にそびえ立つ夢幻館を一望する。前に訪れた時から何も変わらないその景色に、私は一種の安堵を覚えた。変わり行く幻想郷も嫌いでは無いが、このように変わらない物の方が性に合っている気がする。例えるならば、花が咲き、枯れ、そしてまた咲くようにループしていくような。
「幽香…?」
感傷に浸っている最中、ふと後ろから声をかけられた。独特な甘い高い声に、記憶が蘇る。聞き慣れた声に安心しながら、ゆっくりと後ろに振り向いた。
「…幻月」
「ひさしぶりね!」
そう言うなり幻月は、にこりとわらってきた。さすがかわいい悪魔という名は伊達ではなく、認めたくないけれど、かわいい。しかし騙されてはいけない、この女ほどの忠実な悪魔を私は見た事が無いからだ。悪という言葉が可哀相に思えてくるぐらいである。
それでも、まあ、その、…かわいいけど。
「…久しぶりね」
「そんなぶっきらぼうに言わなくても」
またゆかりんとやらにいじめられたー?なんて聞きやがったからとりあえずマスタースパークをぶっ放してみた。もちろん手加減は無しで。いい、どうせ掠りもしないんだから。
「いつの話よ…っ」
「あはは、ごめんごめん」
ゆるりと宙に浮かぶ幻月は白い羽を輝かせて、やはり天使のようだと見とれてしまった。
いつか幻月よりも強い妖怪が現れて、さらに幻月に惚れてしまったらと心配になる時がある。私は幻月にも及ばないのに、その妖怪に勝てる見込みなんてない。
まあ、それでも私は戦うのだろうけど。
だからせめて、
「幻月」
「なーに?」
「…その笑顔、私以外に向けないで」
私があなたより強くなるまで。
私があなたを守れるまで、誰にもその笑顔を見せないで。
「…へんな幽香」
「あら、珍しく愛を囁いてあげたのよ?」
「……〜〜っ、ちょっと、照れちゃったじゃない…」
「……っ!?」
その顔は反則じゃないかと常日頃思う。頬を火照らせ俯く幻月は、見ているだけで犯罪に走ってしまいそうになる。そんな幻月は震える唇で、ゆっくりと私に話かけた。
「…ゆう、か」
「何よ…」
「……」
「……」
「…………嘘だぴょー「マスタースパーク!!」
だからこの女は嫌だ。幻月はけらけらと笑いながら、私の全出力マスタースパークをひらひらと避ける。
「でも幽香ー」
「何よ…っ!」
「…ちょっとだけ、照れたよ」
そんなこと言うからうっかり手を滑らせ、マスタースパークが館に激突して瓦礫の下敷きになってしまった。夢月の怒り声がうっすら聞こえる。
「……ったく…」
いつになったら勝てるのやら。悪魔な彼女には当分敵いそうにもない。
★さなこがに挑戦
私は雨が嫌いです。
ぽつぽつと、雫が静かに空からこぼれ落ちています。雲は厚く、暫く止みそうにはありません。私は雨の中、傘も差さずに立ち尽くしていました。
無論、一人ではありません。
「貴女も懲りませんね」
見下ろした先には、小さな少女が疼くまっていました。水色の髪からは雫が滴り、その左右非対照の瞳の色は絶望に染まっています。
彼女に数歩ほど歩み寄っても反応が無く、私は一歩ほど距離を置いた場所でしゃがみ込みました。
「…本当に、懲りませんね」
もう一度、同じ言葉を投げ掛けます。
私は彼女の絶望の理由を知ってしました。言わずもがな、何しろこれは数回どころの話では無いのですから。
彼女は優しい妖怪でした。人間を脅かしたりと悪戯を好んでいましたが、それでも心は酷く澄んでいて美しいものでした。
彼女は捨てられた傘の妖怪でした。きっと一時は憎しみに駆られた事もあるでしょう。しかし憎悪や怨念というのは悲しい事に、希望や強い意思を裏返したそれでした。
そして彼女は雨が大好きになりました。もしかしたら自らを必要としてくれるんじゃないか、好きになってくれるんじゃないか、といったように。
結果というのは、時に残酷でした。
「…さなちゃん…?」
「…帰りましょう、風邪をひきます」
冷たくなった彼女を抱き寄せると、小さく呼吸をしているのが分かります。とくんとくんと正常に心音も鳴っており、体に異常は無さそうでした。私は少し安心して、彼女をおぶってやりました。一応、彼女のぼろぼろの傘を差しておきながら。無いよりはあるほうがましですから。
「…えへへ」
「何です…?気味が悪い」
「さなちゃんのせなか、あったかい」
彼女は雨のように、静かに笑いました。小さな腕が私の肩をきゅっと抱きしめます。冷たいけれど、私にはどこか暖かく感じられました。頬が少しだけ、熱を持ちます。
「さなちゃん、わたしね、雨がすき」
「…人間に酷い事を言われてもですか?」
「うん。そしたらさなちゃんが迎えにきてくれるし、おんぶしてくれる」
雨は降り続けます。穴だらけの傘は、私の頬に雫を落とします。私はこの傘が好きでした。普通の人間は、この傘を汚いだの捨てようだの罵りますが、私はとてもそんな気にはなれません。なにしろ、この頬の頬照りを冷ます事に最適だからです。
「……そうですね、」
私も雨、少しだけ好きになりそうです。
そう呟いた頃には、彼女は幸せそうに寝息を立てていました。
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