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砕く、脳を

・覇十
・えぐい





「救われる者がいるというのに」

ぽつり、と落とされた言葉に十代は目を見開いた。
それは目の前にたたずむ少年から。自分とまったく同じ顔の、悪虐非道の覇王から。
喉がからからに乾いていく。
「救われる…??おまえが、お前が殺しをすることで??」
「そうだ」
「そんなこと、あるわけがない…!」

涙はもう枯れ果てた。覇王の闇から逃れるだけの力もない。捕らわれて体の主導権を奪われてそれでも、
(こいつを決して赦してはいけない。認めてはいけない。言葉を呑んではいけない)
でなければ、永劫、えいえん、帰れない。
唇を噛む十代を、覇王はじっと眺めている。
気力も意思もないに等しいくせに、頑なななにかをまだ捨てていないのだ。

ふと息を吐く。

ふわり、と十代の眼前に躍り出て、闇の中その驚いたような表情にぐっと顔を近づけた。

「それでは困るのだ。駄々っ子のようではないか、遊城十代?? すでに何千をその手にかけたくせに。自らの行動を意思が決して認めない、それでは百年の巨人とて脳が壊れる」
身動きが一切とれないでいる十代の頬に冷たい手が伸ばされる。爪先が唇に触れる。同じ色をした目と目は重なりそうなほどに近く。
十代、と再び言葉を紡ごうとした覇王はふと止まる。
薄い唇がかすかに動いていた。
聞き取れず意識を集中して愕然とする。

 う る さ い 


ぱしり、と小さな音がして手を撥ね退けられる。
覇王はわずか呆然としたように自らの手のひらを見つめた。
火傷がじわりと患部を苛む。
やがてくつくつと笑いを含んだ声が喉から零れ出た。

「では?? ではあくまで受け入れないのだな?? 俺を受け入れなければ死ぬより惨い目にあう者がいるというのに、十代、その者を身捨ててまで俺を殺したいと??」
「そんな、やつは、いない…」
「そ れはなんとも、勝手なことだな」

それから覇王は、平素の無口が嘘のようにけたたましく笑いながら何かを叫んでいたが、十代には全く効果をなさなかった。
やがて覇王は顔色を変える。
「貴様、」
「うるさいうるさいうるさい!!! 喋るな喋るな、どっかいけ、消えてしまえ、お前なんか、お前なんかっ…!!」
十代の細い両腕が自身の両耳を塞いでいたのだ。
その様を半ば絶望感を以て覇王は見つめる。
叫ばれ続ける憎悪と拒絶が、心地よいはずのそれらが彼を縛る楔となって現れる。
この、と叫ぼうとした口はふさがれ四肢は拘束された。
がちゃり、というあまりに重い音。一瞬の出来事だった。

それから闇の中に消える前に、誰かの泣き顔を見た気がした。







だまれだまれだまれだまれ、

十代は息をきらしてひたすらに走っていた。群青色をした城の中は薄暗く、どちらに進めば外に出られるのか皆目見当がつかない。

しかし逃げなければならない。

疲労が限界を超え、ひっと呼気が喉を逆流し思わずせき込む。早く早くと急く意思に体がついていかない、仕方なく足を止めて深い呼吸を繰り返した。
『はやく、 はやく』
十代の意思で体が動くうちに。

覇王から体の主導権を取り戻せた。あの堅牢な牢獄に再び捕らわれれば、もう二度と出ることは叶わないかもしれない。だからこうしてひたすらに逃げていた。

呼吸が少し落ち着いてきて、「あ―――――」と声を出してみる。掠れてはいたが自分の声がしっかりと出た。指先も足先も思うように動いて安堵する。その部位を覆う黒い甲冑を忌々しげに見つめた。

重たい鎧は可能な限りその場に脱ぎ捨ててきたが、
腕や足、そしてデュエルディスクは仕組みが分からず取り外せなかった。枷のようにずしりと重たい。そしてそれは実際、逃げる十代の疲労した足をさらにのろまにする。
おぞましい意匠のそれを眺めるに、逃がしはしないというあのぎらついた目を思い出してぞっとした。
休んではいられない、と再び走ろうとしてふと止まる。
(…どこへ、行くんだ?)
帰る場所とはどこだ。
「・・・っ!」
思い起こそうとして強烈な眩暈。眉間を後頭部を激しい頭痛、ぜいぜい喘いでから必死に考えをまとめようとする。
ここにいてはいけないことは確か。ここは覇王の城、十代は覇王ではない。
決して。

意思を確かなものとすることで頭痛はなりを潜め苦しみは和らぐ。それに励まされ、十代はのろのろと、だが確実に走り始めた。




広大な城、迷いながら苦しみながらひたすらに走る。
覇王の下僕がいれば息をひそめて隠れたし、階段を見つけてはほんの少し喜んだ。
やがて城の構造をつかみ出口へのめどがたつ。それに頷いて、廊下を通りぬけようとしたところで、


ああああああ―――――ああああああ―――――――っっっ!!!!


あまりにも悲痛な叫び声。
耳朶を切り裂くような声は確かに助けを求めている。

十代ははたと顔を上げて辺りを見渡した。誰だ、と首をめぐらせてようやく視界の隅に目をとめる。
(・・・牢屋・・・?)
城の深部に位置するここには覇王の下僕も少ない、どうやら反逆者を捕える牢のようだった。
このまま放って置けるわけがない、と十代は拳を握る。

さもなければあれと同類だ。

廊下を進めば泣き叫ぶ声も大きくなっていく。牢屋の前にたどり着くことは容易だったが、その前には見張りの兵がいた。
泣き叫んでいるのはどうやら子供のよう、牢兵はそれを叱咤し詰っている。やがて泣きやまない子供に怒りを抑えられなかったのか、激しい罵倒の言葉とともに牢屋が開けられ物騒な武器が振りかざされる。

十代は無防備なまま飛び出していた。

「覇王…様…??」
武器を振りかざす醜悪なモンスター、その凶悪な顔が驚愕に染まる。
「きえ、ろ、」
子供を背後にかばいながら、息も絶え絶えに叫ぶ。その形相が忌々しいなにかと似ていたのだろう。
兵は怯えたように一歩を下がると、武器を捨てて逃げて行った。

圧倒的な眩暈を感じながら、十代は振り返る。
涙にぬれた見知らぬ幼い子供が、震えながら十代を見上げていた。
「だいじょうぶだ、」
子供を安心させようと必死で笑顔を作る。
少し前まであまりにたやすく出来ていた表情が、ほとんど出来ない現実に少し震えた。

動こうとしない子供を抱きしめ、「大丈夫、もう捕らわれないでいいんだ」と呟く。
(そうだ、捕らわれちゃいけない、)
子供はやがて小さく頷き、涙ながらに「たすけてくれて、ありがとう、」と呟いた。





怯える子供とともに覇王城をさまよいながら、ぽつり、ぽつりと会話を交わす。
じゅうだいは、と問われて振り返る。
「どうして、にげてるの…?」
「…ここにいちゃ、みんなが傷つくからだ」
子供をおぶって走ろうかと考えたが、それではあまりにも歩みが遅くなる。結局、子供の手を引いて、彼の走る速度に合わせて移動を行うことにした。

「…そういや、俺名前言ったっけ…?」
「? いってたよ?」
ああ、これは、と十代は改めて思い知る。体の主導権を奪われるということの恐ろしさ。ガタがきているのだろう。先ほどから続く倦怠感、終わらない疼痛。記憶さえもごちゃごちゃに吹っ飛んでゆきそう。

「じゅうだいは、ゆうしゃなの?」

唐突に呟かれた子供の一言に十代は「はあ??」と思わず返してしまう。びくり、と肩を震わせた子供に気づき謝罪する。
「ごめんな、…違うんだ」
「ちがうの? じゃあ、もしかして、はおうなの…?」
「…違う」
この出で立ちや先ほどの兵士の反応、それを見て子供ながらに察したに違いない。
子供は大きく目を見開いた。

「はおうじゃないの?? ゆうしゃでもないの?? じゃあ、だれ??」
十代はややあって、引きつる頬を叱咤し笑う。
「遊城十代だよ、」
それだけは確かなのだ。
よくわからないもので自分が塗りつぶされてしまっても、それだけは。

「はおうじゃないのに、ゆうしゃでもないのに、じゅうだいなの…?」

子供がいぶかしげに見上げてきて、十代は瞬く。何を言っているのかよく掴めなかった。
それを考える前に、子供が「あ」と小さく叫ぶ。
視線を追うと、その先には出口に続く広間があった。
奇跡的に、覇王の下僕に見とがめられることなくここまで着けたのだ。
あまりの歓喜に身を震わせながら、しかし油断はしない。
(さっきの奴が誰かに言ってたら終わりだ)
警戒を解かず子供の手を引こうとして、はたと立ち止まる。
子供が下を向いたまま動こうとしないのだ。

「おい、お前、はやく…」
じゅうだい、と子供は泣きそうな声を出す。
「ともだちが、とじこめられてるの」
友達が??と問い返せば子供は何度も頷く。すぐに合点がいった。
見せしめのため捕らわれていたのはこの子供だけではなかったのだ。
十代はちらと出口を見やり、そして「ああ、もう!」と自己嫌悪に叫んだあと子供の肩に手をのせた。

「…分かった。どこにいるんだ?」
「わから、ない」
そっか、と十代は眩暈を抑えつつ頷く。当たり前だ、だがどうやってこの子の友達を探せばいい。この子供を助けた牢屋には誰もいなかった、では別の場所だろう。しかし再び城の内部をやみくもに彷徨って、この場所に帰ってこられるのか。

べそをかき始める子供をなだめていると、不意になにかざわめくような気配を感じる。
デュエルディスクを見れば、デッキの中の邪悪な精霊どもが十代たちを嘲笑しているのが分かった。
十代はふと思いいたってデッキに向かって鋭く叫ぶ。

「お前たち、知ってるのか…???」
声にこたえるように精霊は口々に叫ぶ。十代のデッキから聞こえるような優しく穏やかなそれではなく、嵐のような野次だった。
恐怖に圧倒されまいと、必死にデッキを睨む。

やがてデッキの上に黒々とした闇が収束、一つの精霊の形を浮かび上がらせる。
黒いエッジマン?と思って見上げれば精霊はけたたましい声で十代を嘲笑った。
げらげらげら、と突き刺さるような笑い声に負けじと「この子の友達が閉じ込められてる場所はどこだ、」と念じ続ける。
やがて精霊はぴたりと笑い声をとめた。
方向を示すように廊下の一角に腕を伸べる。低い含み笑いは「やれるものならやってみろ、」と確かに告げていた。





精霊に示されるままに走っていくと、やがて暗い地下に入る。ばさばさと何かが羽ばたくような音にびくつきながら、螺旋階段をいくつも下り、ようやくと深い場所にたどり着いた。
(ここか)
仰々しい装飾の大きな門は、他と比べて明らかに異質だった。
思ってデッキを見やるが声は嘘のように静まり返っている。
後ろを必死で付いてきた子供が十代を見上げる。それに微笑んで、十代は牢屋の柵に手をかけた。

「おおーーーーい!! だれか、誰かいるんだろう!??」

叫んで返事を待つが、声はない。
もしかして、と十代は脳裏によぎった最悪の可能性を否定する。
再び叫ぼうとしたとき、子供が「あいてる」と牢屋の入り口を示した。

もう逃げてくれたのか、と十代は安堵しかけてはっとする。逆の可能性を否定できない。
覇王は、そしてその下僕は、恐ろしいまでに慈悲が無い。
見れば牢屋、その付近の隅々に血がこびりついていた。

「…なんで、俺のどこから、こんな外道が生まれたっていうんだよ…」
「十代、たすけないと」
ああ、我に返り十代は牢屋の扉に手をかけた。
それと同時になにか声がして眉をひそめる。

じ ゅうだ
      い 
 な    
                    ん
          
             ぁ

誰かが、しかも十代に向けて、何かをささやいているのだ。もっとよく聞き取ろうと耳を澄ます、その瞬間

誰かに勢いよく後頭部を鷲掴みにされ、牢の中へと頭を突っ込まれた。悲鳴を上げようとした瞬間、それを圧倒的に上回る事象が始まった。




じゅうだい、十代、信じていたのに!! うそつき嘘つき、結局のところ自分ばかり、自分のためにわたしたちを殺す




怜悧な声が悲痛に歪んでいた。苦しみをいっぱいに浮かべた綺麗な顔で、十代をひたすらに罵った。


「明日、香…??」
呆然と呟いた瞬間、決壊が溢れたように言葉が、顔が、気持ちが氾濫する。

最低だ最低だ、どうしてこんな苦しみを、なぜ殺す、なんで、アニキ、
「剣山、しょ、う」
そうして知らぬ顔で自分だけ生き延びて、それで何を気取る、勇者だなんてあれの何処があんなふうに、いけにえ、死ね、なんでなんでなんで、

「あ・・・・あ・・・・・!!」

痙攣するのは唇か肩口か眼球か神経かそれとも全部か、

仲間が友達が知った顔が、捕らわれているものの悲しみを露わにつらいつらいと訴える。
捕えたものに報いをと、憎い憎いと呪詛を吐くのだ。
塊になった怨みが、暗澹から十代を無限に苛んだ。
「・・・ぃ・・・あ・・・やだ・・・っ!!!」


「嫌なら黙らせればよいではないか、」


ゆったりと呟かれた言葉に十代は振り返る。

助けた子供が悠然と十代に向かって微笑んでいた。
信じられずにその様を凝視していると、やがて子供は笑いを含みながら口を開いた。妖艶とさえ思わせる金色の目がちらと覗く。

「俺を、身を呈して助けに来てくれたことに礼を言おう」


嫌な汗がいく筋も背筋を伝い、目の前の現象を飲み込むことを体が拒否する。


「おま、え、」


十代は目を見開き、荒い息を吐きながら立ち尽くしている。
その脇をするりと通り、子供は牢屋の扉をゆっくりと閉めた。
とたんに、叫び声はぴたりと止まった。十代を苦痛に貶めるものもなくなる。

「・・・あ・・・・っ・・・!」
彼が言いたいことをようやく悟り、十代は頭を掻き抱き息を飲んだ。
「言っただろう、救われる者がいると」
子供は金色の目をぎらつかせ、凶悪に顔を歪ませた。


「牢が、俺がいなければ苦しみ発狂し息絶えるのは誰だ??」
「・・・ぁ・・・あ・・・」

げらげら、と嘲笑が響き渡る。狭き牢を蹂躙したそれはやがてぴたりと止まった。
子供は無表情で突き放すように吐き出す。

「壊れて死ぬならそれも良い、」

そう言い捨て、再び牢の扉を開ける。溢れだす苦しみが耐えがたい重量を以て十代を襲い始めた。目をいっぱいに見開いて嘔吐を繰り返す、そのさなかで容赦のない手つきが伸びて十代の頭を鷲掴みにし、牢の中へと十代を放りこもうとする。
ひっ、と悲鳴を上げたのちに襲い来る苦しみ。自分の犯した大罪、それら決して逃げられぬものを突き付けられ、十代は涙と絶叫で自分すら、ああ、それすらもそれすらも、僅かばかりに残されていた、なにか、正しいと信じた大きなものに対する誇りさえも、
粉微塵に砕かれてしまった。


「〜〜ぃぃ・・・・ぃ、や、だああ・・・・っ!!!」

頑なな唇から、泣き声とともにようやく聴けた一言。
子供はどこか恍惚とした、それでいて悲しげな、そしてなによりも嬉しそうに唇をつり上げて笑う。


「つらかったな、」

穏やかに落とされた言葉は、十代の四肢から完全に力を奪った。

呪いの声が叫ばれ続けている。崩れ落ちる十代の、痙攣する背中をそっと撫でる。抱き寄せて、乱れた茶色の髪を撫でつけた。ぼろぼろと零れ落ちる、あまりにも悲しく熱い涙をすくっては口に運ぶ。嗚咽を紡ぐ頬をそっと撫でてから、その耳朶に唇を寄せる。

「心優しき遊城十代。お前がかつての仲間たちに願ってやまない、唯一無二の、尊い願いを叶えよう」

彼はゆっくりと立ち上がり、背後に控える魔物達を振り返った。




「殺せ」













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