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If: 大学生



ミクちゃんが落ち込んでいるなんて珍しい。

窓側の後ろの席を見れば、彼女は長机に突っ伏したまま動かないでいた。
私が講義室に入ってきた時にも同じ姿勢だった気がする。つまり一時間以上動いていないと言うことになる。
どうしたのかとても気になり、狭い講義室なのに先生の声がとても遠く聞こえる。
講義ギリギリに教室に入ったものだからミクちゃんを探す暇もなく、近くに座れなかった自分を悔やんだ。

とにかく早く昼休みが来ないかと時計を見る。すると同時、昼休憩を告げるチャイムがなった。

わらわらと出口へ向かう生徒達に逆らって、講義室の奥の彼女がいる席へと向かう。
長机を挟み、ミクちゃんの正面に立つ。


「みんな、行っちゃったよ」


そう告げるとミクちゃんはやっと顔を上げ、リンちゃん、と力なく私の名前を呼んだ。


「今日お弁当?」


ミクちゃんは小さく頷いた。


「じゃあ、サークル棟で食べながら話そ?」


天気もいいしさ、と続ける。すると初めて「うん」と小さく返事をくれた。



* * *



サークル棟の前のベンチがいっぱいだったので、少し離れた日陰のある階段へ腰を落ち着ける。


「…で、どうしたの?」


私は隣に座るミクちゃんの顔を覗き込むようにして尋ねる。
すると暫くしてからミクちゃんの唇がゆっくりと形を変えた。

―――クオが。

そう聞こえた気がしたので、「クオくん?」と聞き返す。ミクちゃんは小さく頷くと続けた。


「さっきの講義が始まる前にね、見ちゃったの」

「見ちゃったって?」

「軽音の子と楽しそうに話してるトコ」

「どの子かな…」

「ほら、いつもマフラー巻いてる先輩と一緒にいる茶髪の…」


ああ、なるほど。
大抵の子ならクオくんと喋ってても落ち込む要因など一切ないのだが、今思い浮かべた人物は別だ。ミクちゃんが凄く落ち込むのも分かる気がした。


「ミクちゃんは浮気するんじゃないか、なんて思ってる?」

「ううん!そうじゃないケド…」


ぶんぶんと手を胸の前で振って否定するが、強ち間違っては無さそうだ。


「クオくんがねぇ…」


頬杖をつき彼の顔を思い浮かべる。
私たちは三人とも幼なじみで、幼稚園の頃からずっと一緒にいる。
二人が付き合い始めたのは高校三年の卒業シーズン。もう一年が過ぎようとしていた。丁度、不安になってきてもおかしくない所だろう。


「心変わりなんてしないから、大丈夫だって。クオくんがミクちゃんにベタ惚れなの、わたし知ってるもん」


私が男だったらミクちゃん以外目に入らないもん、と付け加えると、やっと笑顔をみせてくれた。


「リンちゃんはさ、なかなか動じないよね」

「へ?」

「もしもレン君が知らない子と喋ってても平気でしょ?」


レンが私の知らない子と…
う〜ん、と唸りながら答えをひねり出す。

レンは大学で知り合った仲なので、寧ろ私の知らない子の方が多すぎる。だから全く何とも思わないし、第一、気にしてたらキリがない。


「平気かもしれない」


私は先日レンが知らない女の子と話していた事を思い出す。


「けど」


その時感じたのは


「ちょっと悔しいかも」


ほんの僅かな疎外感。
私の知らないレンの過去を知ってる女の子への嫉妬。


「それなりにわたしもショック受けてるみたい、こう見えて」

「仲間だね」

「でも、わたしの場合は片思いだから…」


嫉妬しても醜いだけなのは分かってる。
だから表面上は平気を装うし、レンは自分のものじゃないんだと自分を言い聞かせもした。何度も、何度も。だけどレンの行動ひとつひとつが気になって、…気になって。
わたしはレンのただの友達。特別なひとりじゃない。わかってるさ、そんなこと。

こんな話題だからだろうか、話していると思い出す、レンへの気持ち。

大学に入ってからはずっと四人でいた。わたしがレンへの恋心に気付き、ミクちゃんに打ち明けた昨年の夏。うんうん、と熱心に聞いてくれるミクちゃんには本当に感謝している。



「嫉妬しても仕方ないのにねぇ」



困ったように笑って見せる。
するとミクちゃんは、まっすぐわたしの目を見て、


「そんなことないよ」


と、優しい声で言ってくれた。
なんだか涙腺が緩くなりそうになり、鼻をすするようにして必死こらえた。


「励ましてるつもりだったのに、なんで励まされてるの?わたし。」


いつの間にか立場逆転していたのが、なんだかおかしく思えて、顔を見合わせて笑った。


しばらくすると遠くから「おーい」と聞き覚えのある声がした。
そこには話題の人物の陰がふたつ。


「噂をすれば何とやら」

「だね」


段々と陰が近づいてくる。
それは私たちの目の前にきて止まった。


「二人で何喋ってんの?」


クオくんが話しかけてくる。するとミクちゃんは「ないしょー!」と言って笑った。
隣ではレンがそのやり取りを見ている。先ほどの会話を思い出したら顔が熱くなった。


「二人こそ、なんでここに?」

「アコギ練習しにきた」

「ああ、ライブ近いもんね」

「ミクは余裕そうでいいなあー」


クオくんがからかうようにそう言うと、ミクちゃんはバカッと言って口を曲げた。
楽しそうに話す二人から少し視線をずらし、レンを見る。
じっ、と見ていると先程のミクちゃんとの会話を思い出す。ようやく冷め始めた顔の熱が再び現れたのがわかった。


「リン??」


こちらの視線に気付いたレンが心配そうに私の顔を覗きこむように見てきた。どき、と胸が高鳴るのがわかった。


「どうしたの?」

「な、なんでもない!」


そう応えるので精一杯。
不自然な沈黙のなか、クオくんが口を開いた。


「リン、今日ミク借りていい?」

「わたしはいいけど…」


本人の意思は…チラリとミクちゃんの方を見て様子を伺う。ミクちゃんはクオくんからプイッと顔を横に背けた。


「ダメ!今日はリンちゃんと譜面つくる約束が先だっ…えっ」


意見の途中にも関わらず、クオくんはミクちゃんの腕を掴むと、強引にどこかへへ引っ張っていった。


「じゃあそういうわけだからー!レン!悪いけど後の練習は1人でよろしく!」


ミクちゃんは必死で抗議しているが、表情はなんだか嬉しそうにも見える。
残された私たちは去っていく二人の背中を見送った。


「レン、クオくんと練習しに来たんじゃなかったの?」

「その筈なんだけど…」

「なんなんだろう、ミクちゃんへの用事って」

「あーあれかな」


レンは今朝の話を教えてくれた。
軽音の人からミクちゃんが聴きたがってたCD とコードを貰ったってコト。
ほら、やっぱ浮気じゃないじゃん。


「愛されてるなあ」


ほー、と感心してしまうのと同時にそんな言葉が漏れた。


「ほんとだよなあ。でもここで渡せばいいのに」

「二人っきりがいいんでしょ」

「そういうものかな?」

「わたしたちじゃ、わかんないね」


そういって笑うと、レンも「たしかに」と言って笑った。


「リン、午後の講義は?」

「今日は午前だけ。レンは?」

「休講!暇になっちゃったな」

「そうだねー」

「いっしょに河原でもいく??」

「え…?」

「いやならいいけど…」

「ううん!嬉しい!いくいく!」


思ってもなかった急なお誘いに、鼓動が早くなるのがわかった。


「ちょっと遠いから徒歩はキツイよなあ…。一回家寄ってくれる?」


大きく頷くと、レンはわたしの手をとり帰路へとついた。



* * *



レンの家は大学から徒歩10分圏内で、一人暮らしをしている。
実家組のわたしたちの溜まり場になるのは必然的で、もう何度も通っているが、二人きりは初めてだった。

…しかも、何度も通ったこの道を、手を繋いで歩くなんて!!

最初は引っ張られるように歩いていたが、だんだんと歩調を合わせてくれて、大学の門を潜る頃には並んで歩いていた。
外からみたら仲良しカップルにしか見えないと思う。

そんなことを思ってるうちにレンの家に着いてしまった。最後に来たのは先週か。見慣れたアパートが目にはいる。


「ちょっと待ってて」


首を縦に振るとレンはパタパタと世話しない様子で部屋に入っていった。
それから一分もしないうちにレンが部屋から出てきた。


「お待たせ」


鞄の要領がちょっと減ったくらいで、そんなに変化はないようだ。
荷物を観察していることに本人は気付いたのか、


「教科書、うちに置いていったら?」


重いでしょ?と口を開いた。
わたしは有り難くお言葉に甘えることにした。

レンの部屋に余分な荷物を置き外に出ると、レンが何かをいじってるのが見えた。気になって近付いてみる。


「わあっ!すごいね!」


そこにはオレンジ色の大きなバイクが置いてあった。


「どうしたの?!これっ」


今までレンがこんなバイクに乗ってるなんて知らなかった。
そう伝えるとレンは笑いながら


「三日前に来たばっかりなんだ」


と答えた。
どうやら知り合いに安く売ってもらったらしい。


「レン、免許持ってるの?」

「実は大学入る前に車と一緒に取ってたんだ。乗る機会がなかっただけでさ。」

「ええっペーパーってこと?!」


大丈夫?と聞くとレンは拗ねたような素振りをみせて、大丈夫だよと言った。


「ほら、行こう?大丈夫だからさ」

「うん」


私はレンのギターを背負い、渡されたハーフのヘルメットを被る。
バイクに跨がるとギシッと音がした。


「これで大丈夫?」

「うん。腰に、腕、巻き付けれる?」

「こ、こう?」


わたしはレンに後ろから抱きつくように腕を回す。
やばい、今のわたし、絶対顔まっかだ!
心臓の動きが早くなっていくのがわかった。


高い音のあとに、ドッドッドという低い音が続く。
ゆっくりと進み始める車体。

同時にレンが口開く。


「おれ、バイクに乗せたの、リンが初めて!」

「そうなの?!意外!」


ガチャッとギアを上げる音がする。

スピードが少し速くなった。


「実はクオにもバイクのこと言ってないんだよね」

「うそっ!ってことは?」


ガチャッ。

また速くなる。


「リンが初めてだよ!」

「なんか嬉しいなあ!でもなんで?」


ガチャッ。

もう声が聞き取りにくい。


「…な…い……だ…っ!」


聞こえないよ!と耳元で叫ぶと、今度は「なんでもない!」とハッキリ聞こえた。


ガチャッ。

また速くなる。

もう何も聞こえない。

河原に着くまで、わたしはレンに回した腕を、ぎゅっ、と強く閉めた。



背中が熱く感じるのは気のせいか。






曇り、のち晴れ





いまのレンは、きっと誰も知らないレンだ。

たった18年のブランクなんて、

これから付き合う年数に比べれば。






(すきな子にいちばんに見せたかったんだ)
 + + +
曇り、のち晴れ(くもりのちはれ)
リクエスト「ベタ惚レン×ベタ惚リン」

妄想日和 (にさ)
http://m-pe.tv/u/?mno2



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