「あ、リンちゃんだ」 自分の引いた番号の位置に席を移動させたら、横から声を掛けられた。机を置いて隣の席を見ると目線の先には色素の薄い肌に蜂蜜色の猫のような髪。ゆっくり視線を下ろすとニコニコしながら手をひらひらと振る男の顔があった。 「レンくん」 私はその人物の名前を呼ぶと、彼は自分の机をガタガタと移動させ、私の机にぴったりと合わせてきた。 「今日から隣の席だね、よろしく」 「うん、よろしく」 相手の笑顔につられてこちらも笑顔で返事をする。自分の机も移動させ終わり暇になったので、ぽーっと前を向いていると全員の移動を確認した担任が「机を移動させたら帰ってよし!気をつけて帰れよー」なんて言ってさっさと教室を出て行ってしまった。もう帰りの号令も終わったし、問題ないのだけれど。明日はお休みだし、きっとメイコ先生と飲みに行く約束でもしているんじゃないかな、なんて勝手に予想を立ててみた。まあこんな予想は置いといて、もう帰りの支度は出来ているんだから私もカイト先生のようにさっさと帰ってしまおう。鞄を持ち、いつも一緒に帰っている友人の席へ向かう。 「帰ろー」 「うん!あ、リン席どこになったの?」 「あそこ」 一番後ろの窓側の席を指さし「いいでしょ」と笑うと、友人は特等席じゃん、と羨ましそうに返してきた。 「隣は誰なの?」 「ん?レン君」 「ああ、そっか」 友人は私の席の隣をじっと見た。きっと男子の群がりを見て納得したのだろう。レン君は私とは違って交流が広いらしいから常に友達が彼の周りを囲っている。友達が多くていいなぁとは思うけれど、だからといって私も同じくらい友人が欲しいかと言われれば付き合いが面倒になりそうで別にいらないか、と思うのが正直なところ。彼はあんなに友人がいて面倒臭くないのだろうか。ああ、私とは考え方が全然異なるとか。 「…違う世界だなぁ」 「ん?リン今なんか言った?」 「…っ、ううん!ただ、レン君は友達多いから私の席の周りは賑やかになりそうだな、って思って」 先程の発言は改めて考え直すとちょっぴり恥ずかしかったのでそう言い直す。すると友人は「確かにね」と言って笑った。 「お弁当はこっちで食べればいいじゃん。人も少ないしさ。」 「うん、そうだね。」 友人は鞄を持つと席から立ち上がり「じゃあ帰ろっか」と言って私を見た。小さく頷き了解の意を伝える。 「リンちゃん」 教室から出ようと2人で並んで歩いていると誰かに呼びとめられた。誰かと思い振り向けば、沢山の友達に囲まれながら机の上に座ってニコニコと笑っている金髪の彼。 「またね」 そう言って手を振られたが、急なことだったので私はどうしたらいいか判らず、小さく「うん」と答えるしか出来なかった。ああ顔が熱い。きっと私の顔は真っ赤だ。きっとこの熱さは家に着くまでひかないだろう。 ―――そんな気がした。 * * * 夜、お風呂からあがってベッドの上で一息ついていると充電器に繋がれた携帯電話が勉強机の上でヴヴヴと鈍い音を出しながら振動した。開けて送信者名を確認するが、見たことのないアドレスからだった。迷惑メールかと思いながらも本文を開く。首を傾けながら文章を読めばそこには【鏡音レン】の文字があった。 (登録よろしく…って) 文面からすると、どうやら私のアドレスを友人に聞いたらしい。レン君ならまだ知ってるし、悪い印象はまだないから良いけど、個人情報よね?これ。教えたと思われる友人をリストアップして怒るべきか怒らないべきか考えてみたが、突然、放課後のレン君の「また」と言う時の表情を思い出し、顔が熱くなってきたので考えるのをやめた。 気持ちを切り替えレン君のアドレスと電話番号を新規で登録し、その事を伝えるメールを打つと送信ボタンを押した。 すると一分もたたない内に返事が来た。それはそれは他愛もない文章。私はまた直ぐに返事をする。 こんな形で短いやりとりが何回も続いた。 気がつくと時計の針は深夜0時を指している。 いつの間にかこんな時間だね、と送ると、『ごめんね、なんか予定あった?』と来たので何もない事を伝える。 するとまた直ぐに返事が来て『今日はもう遅いからまた明日メールするね。おやすみ』と来た。 こちらもおやすみ、と短く打つと携帯を閉じる。布団に潜り込み目を閉じれば、いつの間にか眠りに落ちていた。 * * * 目が覚めると携帯電話がチカチカと光っている。メールが来たのだと理解する。早速それを開き送信者名を確認すれば"鏡音レン"と表示されていた。本文には"おはよう"と書かれている。 いつ起きたのだろうと思い受信時間を見ると2時間ほど前の時間が表示されている。現在の時刻は午前8時。休日だからと思いぐっすり眠っていた私は何なのだろう。 恥ずかしながらも今起きたこと伝える文章を打つと送信ボタンを押す。今日もまたすぐに返事が来るだろうな、と思いじっと待機していれば案の定直ぐに携帯電話が振動する。 手に取りメールを開こうと思い画面を見れば、そこはメール受信中の画面ではなく電話番号と名前の上に【着信中】と表示された白黒の画面であった。私は慌てて通話ボタンを押し電話をとる。 「はっ、はい」 『突然ごめん』 「うん、ビックリした」 『はは、ごめん。早速だけどさ、今日時間ない?』 「予定はないけど…。どうしたの?」 『一緒に買い物でも行かない?』 突然のお誘いにビックリして何も答えれずにいると電話の向こうから『ダメかな?』と声が聞こえた。 「ううんっ、全然いいよっ!」 『よかった…!じゃあ10時に駅前でいい?』 「10時に駅前ね、…わかった」 『じゃあ待ってるから』 「うん」 そう返事をすると電源ボタンを押して通話を終了させた。 声色だけは平然を装っていたけれども、突然のお誘いに心臓はバクバクと煩い。なんでレン君にちょっと誘われたからってこんなに鼓動が速くなるの?!そうだよ、なんで?! 私、可愛い服持ってたっけ?何着ていこう?この前ミクちゃんとお出かけした時にかったピンクのスカートじゃ短いかな?ああでもあれ私のお気に入りだしミクちゃんお墨付きだしでもそうすると上は何合わせたらいいのかな?胸元あいたやつあったけどあれじゃ無い胸が強調されるだけ?でもきっと合わせたら可愛いよね誰かに見てもらわないと自身ないけど…ああ!もう! とりあえずこれから顔洗って、朝ご飯を食べて、歯を磨いて…あ、そうだ。お風呂にも入っておこう。それから服を選んで髪をセットして、覚えたてのお化粧も挑戦してみようか。 こつこつと頭の中で出かける前の計画を立てる。えっと10時に駅前の約束でしょ。ここから歩いて10分くらいだから…うん。9時半くらいには出れるようにしよう。 そうと決めたら即行動。先程立てた計画を次々とこなしていく。シャワーを軽く浴びて、服を選んだ。色々着て鏡の前に立ってみた結果、結局寝る前に思い描いたものに落ち着いた。 机の上にスタンドミラーを置いて、髪をセットする。いつもつけている大きな白いリボンではなく、少し控えめな大きさのリボンのついたカチューシャをつけた。 そしてそのままお化粧。この前お母さんに買ってもらったピンクと茶色のアイシャドウを瞼に乗せ暈して行く。…確か、これでいいんだよね。それから頬にオレンジに近いピンクのチークを塗った後、唇にグロスを乗せる。 ちょっとは、いつもと違うかな。 じっ、と鏡の中の自分を見つめるが、なんとも言えない恥ずかしい気持ちになった。下にいるお母さんに変じゃないか聞いてみようかな。ううん、そんな事聞いたら怪しまれるよね、彼氏じゃないかって。レン君は彼氏とかじゃないし、ちょっと人気はあるみたいだけど私は全然気にしてなんかいないし…。 ちらりと壁にかかっている時計を見る。 あれ、もう9時半過ぎてる…?! まだ間に合うけど、けど、あんまり必死な顔して行きたくないのに…! バタバタと慌てて家を出る。 ちょっと速足で駅に向かうと、50分くらいにはそこに着いてしまった。 (やっぱりちょっと早かったかな) 約束の場所へ向かうと、そこには既にレン君の姿が見えた。向こうもどうやらこちらに気付いたらしく視線をこちらに移すと手を振って合図をしてくれた。 急いでレン君に駆け寄る。 「良かった、来てくれた」 「随分早いのね」 「うん、30分には着いてたから」 そんな前に?!約束って10時のはずじゃあ… 私の心の声はどうやら口にも出てしまっていたらしい、レン君は困った顔をしながら「いやぁ」と言うと 「楽しみだったから」 と続けた。 え、それって…。 「ま、いいじゃん。ほら、行こう?」 レン君の手が私の目の前に差し出される。うっかりそれを取りそうになってしまったけど危ない危ない。付き合ってるわけじゃないのにこんな彼女みたいなこと出来るはずがないじゃない!それにいいじゃん、って何?もっとこう、続く言葉があるでしょう?今日はいつもと違う雰囲気だね、とか化粧してるの?とか!これは彼女でなくても女の子に対して言ってくれてもいい言葉でしょ?! 私は速足でレン君の横に並ぶ。所在を無くした彼の手はすっと下げられ、ポケットの中に収まった。 「で、どこに連れてってくれるの?」 「ほら、南口の方に新しくショッピングモールが出来たでしょ?あそこに行こうかなと思って」 一人で行くのも寂しいだろ?といって笑いかけてくる。レン君なら一緒に行く友達もたくさん居るだろうに。 「いいけど…。男物ってあんまないんじゃない?」 ふと、疑問に思った事を口にする。専門店街に行っても女物が殆どで、男物を取り扱った店舗は少ない。 「それに、私、男の子の服って判らないよ?」 「ああ、いいのいいの。見るの俺の服じゃないから」 「へ?」 予想外の答えに、つい間抜けな返事をしてしまった。 「リンちゃん、服選ぶの好きでしょ?よくここらへんで初音先輩と買い物してるの見るからさ」 …へーよく知ってるなぁ。全然見られてるの気付かなかった。でも、 「それじゃあ私の用事になるでしょ?レン君暇じゃない?」 「ううん、全然」 にっこりと笑顔を崩さないままあっさりと返事をする彼。なんだかもうどうでもよくなってしまった。 「あ、でも良い男物の服見つけたらその時はよろしくね?」 「…わかった」 そんな会話を続けていたらいつの間にか目当ての建物の前まで着いていた。 * * * 案の定中は凄く混んでいた。どのお店に入っても人人人の嵐。棚の上の服もゴチャゴチャになっていて見れたもんじゃない。広さは十分にあるはずのなのにこの混み様は一体何だというのだろう。どんだけの人が集まったらこんだけ広い建物の中にこんなにぎゅうぎゅうに人が詰まるというの?! 私とレン君は1時間もしない内に人混みという戦線から離脱し、モール外のカフェで休憩することになった。 「はあ、やっと落ち着いた」 まだ梅雨も来ていないと言うのに、体が熱くて仕方がない。アイスカフェオレに入ったストローを吸い、喉を潤わせる。 「本当、凄かったね」 「もう、なんであんなところに行こうなんていったのよー!」 「ん?リンちゃんが喜ぶかなぁ、と思ったけどとんだ計算違いだったわ。ごめんな?」 冗談で言ったつもりの言葉に対し、本当に申し訳なさそうに返事をされたのでばつが悪い。 言葉に詰まっているとレン君は「それ、美味しい?」と言って私の飲んでいるカフェオレを指差した。 「…私にはちょっと苦いかも」 「へえ?ちょっと頂戴」 私が返事をする前にひょい、とグラスを持ち上げるとストローをちゅうと吸い上げる。 ここここここれって… 「苦いかあ?甘くない?」 「かかかかか間接…」 キス。 私が顔を真っ赤にして指摘するとレン君は大したことないと言った面持ちで「嫌なの?」と尋ねられた。 嫌かって、聞かれたら…。男の子とかとでもまあ回し飲みとかはするけど、レン君は…。ってレン君が嫌みたいな言い方だよね?特別、っていうのかな?あれ、なんか好きみたいじゃん!これじゃああああああ! 私の心の葛藤が続く中、レン君は淡々と言葉を紡ぐ。 「間接キス、狙ってしたんだけど。嫌だった?」 「嫌って…そういうわけじゃ、…へ?」 「本当ならそりゃ間接じゃなくて直接がいいけどさ、これでも我慢してるんだぜ?大体出かけるのにリンちゃん誘ったのもデートの口実が欲しかっただけだしさ。映画とかだとあからさまかなぁとも思ったけど、まあこれもそうといえばそうだよな」 ちょっと待って。 話が急すぎてついていけません。 「だからぁ、俺はリンちゃんが好きなの。付き合いたいの。これは判る?」 「…うん」 って違う!!なんで私なの?!なんでこのタイミング?!どうして?!きっかけは?! 言いたい事が沢山あるけれども私の頭の容量は既にパンク寸前でこれ以上思考するのは困難だ。 「で、返事は?」 「え…。急にそんな事言われても私はレン君のことそんな風に思った事ないから判らないし!」 「またまた〜。絶対意識してるでしょ?今日だって、本当は楽しみにしてたんじゃないの?」 「し、してないもん!」 これは本当のことだ。 人気があるのは知っていたけどレン君のことを恋愛対象でなんて見たことがない。ちょっと意地の悪い彼の物言いに少々ムッとしながら反論する。 「じゃあさ、なんでそんな可愛いカッコしてきてるの?」 「え?」 「お化粧だっていつもしないでしょ?いつも出かける時はパンツ姿の方が多いんじゃない?ほら、俺、よく買い物している姿見てるって言ったじゃない?違いくらいわかるよ?」 「…う、それは…」 そういえばそれもそうだ。どうやったら可愛く見られるか考えていたのも事実。 「それからさ、俺が格好について何にもコメントしなかったらちょっと機嫌悪そうだったじゃない?…なんでかな〜?」 相変わらず笑顔を崩さないまま痛いところを突いてくる。も、もう、なんなのコイツ…! 「そ、そうだけど…!…悪い!?でも可愛くしようと思ったのだって男の子と歩くんだからそれなりの気遣いよ気遣い!別にレン君のためじゃないもん!」 言いきるとレン君は「そっかあ」と言って口の端を上げる。ま、まだ何かあるわけ? 「あ、俺ね。昨日話してた皆に、リンの事が好きだって宣言したんだ」 「…え?」 そういえば席替えの後、レンの所に人が集まってたような…。もしかして…。 「あいつら皆リン狙いなわけ。だから宣言してやった。これからは、容赦なく学校でも言い寄るのでよろしくな?」 お隣さん? 今日一番の良い笑顔をこちらに向けられる。 む、むかつく!そんな顔をしているはずなのに憎めない。寧ろ自分に好意を向けてくれていることに嬉しいやら恥ずかしいやらで素直に何も言えやしない。 「あ、そうそう。これこれ」 レン君は思い出したようにポケットの中からごそごそと何かを取りだした。そして、はい、といって私の目の前に置く。 「…なに、これ」 「リンちゃん、欲しそうにしてたから」 袋を開けてみると、先程のモール内で立ち寄った雑貨屋さんで見た銀色のハート型のネックレス。 「あ…」 「今日付き合ってくれたお礼」 でも、こんなに簡単に受け取って良いものなのだろうか。ネックレスとレンの顔を交互に見ながら迷っていると「返すなよ?俺が持っててもどうしようもないから」と言って笑われた。ここは、相手の好意に甘えさせてもらおう。 「あ、ありがとう」 「いいえ、どういたしまして」 先程と同じ笑顔の筈なのに、憎たらしさというか、そういったものが一切感じられなかった。悪意がなさそうだからだろうか。 「ただし」 「え?」 まだ何かあるの? 「受け取ったからには、これからも付き合ってもらうからな?」 「なっ、」 ちょっと、それどういう…! 「絶対俺に惚れさせてやるから!」 「ま、負けないもん!」 私が応えるとレン君は席を立ちあがり、会計を済ませて店を出て行ってしまった。急いで私も後をついて行ったけれど、既に彼の姿は見えなくなってしまっていた。 「誘っておいて私を勝手に置いていくってどういうことよー!」 人混みに向かって叫んでみるが反応はない。通行人の視線が痛いだけだった。 ぎゅっと、手の中にあるネックレスを握る。手の震えからか、手中のハートがバクバクと波打っているように感じた。 恋愛シーソー (もう結果なんて判りきっているじゃない…!)(は、恥ずかしかった)((なんであんな事言っちゃったんだろう)) + + + 恋愛シーソー(れんあいしーそー) リクエスト「攻め攻めなイケレン×ツンリン」 妄想日和 (にさ) http://m-pe.tv/u/?mno2 [*前へ][次へ#] |