少しざわついている教室の前で、私はこのクラスの生徒たちと向かい合っている。これからここで自己紹介をするのだと思うと、ドキドキが止まらなくなる。 先生に白いチョークを渡されたので、黒板に自分の名前を大きく書いた。 チョークを置いてパンパンと手を払い振り向けば、クラスメイトの視線がこちらに集まってきていて息が詰まってしまいそうになった。 (…タッタ) 「じゃあ、自己紹介してくれるかな」 (ドタ…ドタドタ) 先生の方にちらりと目をやればにっこりと笑ってそう言った。正直何を言えばいいのか判らないけど、とりあえず名前と出身を言っておけば問題ないだろう。コクリと頷くともう一度、大勢のクラスメイトの方へ顔を向けた。 (ドタドタドタドタドタ) 「はじめまして、イ(ガラ!!!!) 「「セエエエエエフ!!」」 勢いよく開く教室のドアの音と2種類の大きな声。突然の事だったので何が起きたか判らなかったが、急に声が被さってきて私の自己紹介が止まってしまった事実。声のした方…教室の前のドアを見るとキラキラ輝いた綺麗な金髪が二つ、前屈みになって息を整えていた。 「また君たちか…」 私はビックリしてしまったが、先生や生徒達にとっては日常茶飯事な事のようで特に気にしてはいないようだった。 「あはは!でも今日はセーフだったでしょ?」 「いや、もう5分過ぎてますが…」 女の子の方が笑いながらそう話しかけると先生は自分の腕時計を見て呆れながら答える。すると女の子も今度は教室の時計を見た後、自分の腕時計と見比べ眉間に皺を寄せた。 「っあー!!レン!時計ずれてるじゃん!!」 「嘘っ」 「レンのバカー!遅刻しちゃったじゃん!」 「俺のせいかよ!確認しないリンだって悪いじゃないか!」 「でもくれた時にまさかずれてるとは思わないじゃん!」 「うっ…」 男の子は言葉が詰まったらしくそれ以上なにも言わなかった。先生は頃合いを見計らうと「ほら、ダブル鏡音さん。早く席に着いてください。」と言って出席簿を仰ぎながら着席するよう促す。「はーい」と聞こえるそれぞれの声。私はその様子をじっと見ていると女の子の方と目が合った。 「あれー?キヨせんせー!新しい子入ったの?」 「ん?…あ、ああ。今丁度紹介するところですよ。ほら、席に着いて」 2人が席に着いたのを確認すると先生は私に近づいてきて「中断させてすみませんね。続けてください」と耳打ちされた。私は気を取り直して教室を見渡す。 窓の方の真ん中辺りに見える先程の目立つ2人組。さっきの男の子と女の子だ。隣の席なんだ。綺麗な金髪が羨ましい。ぼんやりそんな事を思えるくらい私はいつの間にか落ち着きを取り戻していたらしく、すんなりと自己紹介をすることが出来た。 「よろしくおねがいします」 頭を下げると同時に拍手される。所々から聞こえる「よろしくねー」という声に何だか嬉しくなった。顔を上げると先生が「席はあそこ。初音君の隣を空けたから、そこに座ってもらえるかな」と通路側の一番後ろの席を指差した。視線をそちらへ移すと綺麗な青緑色の頭をした"はつね君"らしき人がひらひらと手を振っていた。私は小さくはい、と返事をするとその席に腰を落ち着けた。 「はじめまして」 席に着くと、隣の席の子に優しく微笑みながら話しかけられた。えっと、初音君。 「はじめまして。…初音、君だよね?」 「うん。よろしくね」 手を差し出されたので「こちらこそ」と返事をして握り返す。遠くから見ても格好良いのは判ったけど、近くでみても格好良い。睫毛長ーい。男の子だよね?羨ましいなぁ。じいっ、と見つめていると初音君は「顔になんかついてた?」と困ったような顔をした。急に私は自分の行動が恥ずかしいことに気がついて、ごめんなさいっ、と小さく謝ると握った手をぱっと話した。絶対顔赤くなってるよ。 「ごめんね…初音君…」 「いや、いいよ。俺ミクオって言うんだ。皆からクオって呼ばれてる。だから気軽にクオって呼んでよ。」 ニコッと笑う彼につられて私も自然と笑顔になる。 「うん!私は前の学校で"グミ"って呼ばれてたんだ。だからクオ君もグミって呼んでよ」 「判った、…お。ホームルーム終わったみたいだ」 クオ君が教卓の方を向いたので私も視線を教卓へ向ける。先生が出席簿を片付けている。1限目の教科は何だっけ。時間割表がどっかに張り出されていないかと先生から目を離そうとすると、黄色い頭が2つ視界に入りこんだ。 「キヨせんせー。私達やっぱり遅刻?」 「ちょっとぐらいオマケしてくれよなー。今回は時計がずれてたんだからさー。」 「せんせー、おねがいー」 どうやら先程の遅刻の交渉をしているようだった。その様子を見ていた生徒達も一緒になって「今回はセーフだろー」と言っている。男の子の方は皆に「ほら、もっと言って!これでOKしてくれたら皆にサービスしちゃう!」と加勢を求めていた。あまりのしつこさに先生も観念したらしく「今回だけですよ」と言って、出席簿を開くと訂正を始めた。 「…気になる?」 横から声が聞こえたので振り向くとクオ君が綺麗な笑顔でこちらを見てきた。 「うん。…目立つし」 「だよねー。あれはね、鏡音っていう名字の双子の姉弟で、リンとレンっていうの」 「えっ!?双子なの?」 「嘘だよー」 素直に驚いているとクオ君は笑顔を崩さないまま先程の言葉を否定した。え、冗談なの? 「男の方が鏡音レン、女の方が鏡音リン。同じ名字なのは本当」 「へえ。じゃあ双子っていうのが嘘なの?」 「双子"では"ないよ」 「んん?」 何それ、実は複雑な事情があったりするのかな? 「実はあの2人、結婚してんの。だから一緒の名字なんだよねー」 「ええっ?!」 「うっそー」 「…」 また笑顔で嘘を吐かれてしまった。本当にこの人は表情を変えないで簡単に嘘を吐くからどこまで本気か判らない。 「あ、怒った?ごめんね?」 「いや、いいんだけど…。あの2人は赤の他人ってことでおk?」 「んー。おkといえばおk」 今度こそ本当の話だと思う。クオ君の話によるとあの2人の親は再婚らしく、それぞれの連れ子だという。彼らの出会いは12歳。中学に入学と同時期だったらしいのだが、思春期という困難はあったものの、なんだかんだで学校の名物カップルと化しているらしかった。 「ふーん。クオ君って鏡音さん達について詳しいんだね。知り合い?」 「知り合いっていうか…」 「おーい!クオちゃーん!」 トトトとクオ君の名前を呼びながら走ってくる女の子。先程からの話題の中心人物、鏡音リン…ちゃん。 「あ、転校生のめぐ…」 「グミでいいよ」 「グミちゃん!」 「えっと、あなたは鏡音リンちゃん?」 「うん!クオちゃんに教えてもらったの?リンって呼んでね!」 さっきからの様子を見ていれば判るけど、明るくて良い子なんだろうなー。そういえばこの子の片割れは…後ろにいた。 「おい、リン。何故クオのところに行くんだ」 「えー、いいじゃん別にー。友達だもん」 あ、友達だったから詳しいのか。それにしても幼い時の事情とか詳しかったような…。クオ君の方へ視線を移すとクオ君は私の心情を察知したらしく「幼馴染なんだよ」と完結に応えた。 「へー、幼馴染なんだー」 「あともう一人僕の従兄でミクってやつがいるんだけど、別のクラス。いつも4人でいるんだ」 「ほうほう、ミクちゃん」 「あ…確か転校生の」 ようやく鏡音のレン君はこちらの存在に気づいたらしく、私に視線を送る。 「グミって呼んでね。よろしく、レン君」 「おう、こちらこそ。」 …レン君もクオ君みたく睫毛長ーい。リンちゃんもお目目がぱっちりしててお人形さんみたい。 「グミちゃん、どうしたの?」 リンちゃんが心配そうに顔を覗きこんでくる。クオ君の時と同じことをまたやってしまったらしい。でも相手は女の子。同性と言うだけあって今の気持ちを素直に伝える事に抵抗は全くなかった。 「いやあ、可愛いなぁーと思って」 「ええ?!リンが?!」 あわわ、と顔を真っ赤にさせて慌てるリンちゃん。うーん、やっぱり可愛い。そんな様子をニコニコと見つめているといきなり両サイドから不穏な空気が流れてきたので身体を跳ね上がらせた。 「いくらグミだからってリンに手だしたら容赦しねえぞ」 「左に同じく」 不穏な空気に似合わず2人の顔を見ればそんな気配を全く感じさせないような満面の笑み。…耳、悪くなったのかな。嫌な汗が流れている気がするが気にしない。不思議な空気の中固まっていると授業開始のチャイムが流れ、解放された。 * * * あっという間に昼休みがやってきた。私は学校の勝手がまだ判らないので、お昼ご飯はクオ君達とご一緒させて貰うことになった。ここで初めてクオ君の従兄のミクちゃんと対面した。まるでモデルのように可愛らしい彼女。そんな感想を漏らすと同意するのはリンちゃんだけで、クオ君やレン君、本人までもが「それはない」と口を揃えて言うものだからビックリした。 今日は天気もいいということで、屋上で食べることになった。夏が近いため日差しが熱い。皆それを知っているからか屋上で食べようとする生徒は私達以外見当たらなかった。日陰を探し、皆で腰を下ろすとそれぞれお弁当を広げる。 「わー!ミクちゃんのお弁当美味しそう!」 「リンちゃん食べたいのとかある?」 「そのコロッケ美味しそう!」 「あげるね☆はい、あーん」 「…んー!おいしー!」 女の子がきゃっきゃと盛り上がっている中、男2人は恨めしそうな顔つきで2人のやりとりを見つめている。 「おい、ミク」 「なーに?ショタバナナ」 ショタバナナとはレン君の事だろうか。目が合った瞬間火花が散ったような気がする。 「リンから離れろ」 「えー?レン君のところに来ないからってやつあたりですかー?男の嫉妬って見苦しいわん☆」 「ぐっ…!ほら、リン。俺の弁当もやるから」 えーっと、レン君って彼氏ですよね?餌で釣るの?っていうか女の子のミクちゃんにまで嫉妬しているの?色々と突っ込み所はあるけれど… 「リンちゃんとレン君のお弁当、一緒じゃないの?」 そうだ。2人は確か同じ家に住んでる筈なのだ。広げられたお弁当を見比べてみる。 …ん?リンちゃんのお弁当箱は肉類ばかりで、レン君のお弁当は野菜系ばっかり? 「お弁当は2人で1つなんだぁ!リンのお弁当箱はお肉ばっかでしょー?」 うんうん、確かに。 「リンちゃん、お肉が好きなの?」 「好きだけど違うよー。私は少しでいいの」 「んん?」 クオ君にしても、リンちゃんにしても、この人達と話しをするとどうも調子が狂ってしまう。 「こういうこと」 リンちゃんは自分のお弁当箱を持ち、お箸で料理をとると「あーん」と言ってレン君の口まで運ぶ。レン君も同じように野菜を挟むとリンちゃんの口に運ぶ。 えーっと、つまり、 「…食べさせあいっこするの?」 「そゆこと♪」 リンちゃんは花のように可愛らしく笑う。レン君は―デレデレ顔ってこういう顔の事をいうんだろうな。そんな表現がピッタリの表情をしている。 これは…うん。あれだ。 「「「…バカップル」」」 初音組も同じ事を思っていたらしく、心底悔しそうな顔をして鏡音組を見つめていた。初音組もお互いにイチャつきたいってことなんだろうか…。ん?クオ君とミクちゃんは付き合っている訳じゃないんだよね? ご飯も食べ終わりお腹の活動も落ち着き始めた頃、まったりとした雰囲気を楽しんでいた。リンちゃんとレン君は相変わらずイチャイチャしていて、レン君の足の間にリンちゃんが挟まり、身体をを預けていた。最初はレン君が膝枕を要求していたのだが、ミクちゃんとクオ君の反発が強かったため、このような形になった。リンちゃんには2人は何も言えないようで、嫌そうな顔をしながらも会話を続けていた。 「ところでグミちゃんはどうしてこんな時期に転入してきたの?」 リンちゃんがクリクリした大きな瞳をパチパチさせながら尋ねてくる。私は転入までの経緯を出来るだけ簡単に説明した。(親の転勤ってだけなのでそんなに難しい話ではないんだけどね。)2年前まではここら辺に住んでたってだけで、特に普通の転入理由と変わらない。 「ここら辺に住んでたんだー!」 「うん。お兄ちゃんはここの学校出身だよ。去年卒業しちゃったんだけど」 「え!なんて人?!」 「えっとね、生徒会長やってたって言ってたけど、知らない?神威が…」 「「「ああああああああああああああああ!!!!!!!!!」」」 ビクッと自分の身体が跳ね上がる。急に初音組とレン君が叫びだしたのだ。レン君に身体を預けているリンちゃんも目を見開いて彼を見つめている。相当驚いたのだろう。まあ、耳元で叫ばれたら当たり前か。 「え?え?知ってるの?」 「「「知ってるも何も…!」」」 私達が現在2年生だからお兄ちゃんが生徒会長の時は皆1年生。知っててもおかしくはないはずだ。知ってるには知っているようだが、どうも様子が変だ。何かと思い、三人の顔をじっと見つめたが皆私の目を見た瞬間、発言を止めてしてしまった。 一体なんだというのだろう。納得行かなかったが予鈴がなったので私達は屋上を後にした。 * * * 今日は時間が経つのが凄く早い。もう家に着いてしまった。途中まで皆と一緒に歩いて帰ってきたが、一定のところまで歩くと皆別々の方向になるので5分程1人になってしまう。そのたった5分が、今まで皆で歩いた15分間より遅く感じた。きっと今日という時間が早く感じたのは彼女達と一緒にいたからなんだろうな。 「ただいま」 玄関を開け挨拶をすると、キッチンの方から「おかえり」という返事が聞こえた。私はそれを確認すると二階にある自室へと向かう。 部屋のドアを開けようとノブに手をかけると同時に隣の部屋の扉が開く。 「あ、お兄ちゃん」 「おお、帰ったのか。おかえり」 「お兄ちゃんこそ、早かったね」 隣は私の兄の部屋。今は大学生で歴史の勉強をしている。いつもならサークルで遅くなるはずなのに珍しい。 「この前試合があったから休みなんだ」 「ふうん。…あ。」 そうだ。そういえばお兄ちゃんはリンちゃん達の事知ってるのかな。 「そういえばさ、鏡音さんと初音さんって知ってる?」 一瞬にして兄の顔が青ざめているのが判った。"鏡音"という言葉を出した時点で既に青かったが、"初音"と言う言葉がより一層血の気が引いた。 「お、お兄ちゃん…?」 顔を覗き込むと、無理やりということが丸わかりな笑顔で「どうしだんだい?」と聞いてきた。全く、皆して何だというのだろう。問い詰めると兄は簡単に白状した。 「実は…」 そこから語られる兄の真相。内容は下らないものだった。でも、今日の彼らの様子を見ていたら納得してしまうのも事実だった。 どうやら兄が生徒会長をしていたとき、リンちゃんが兄の事を「格好良い」と呟いたがためにレン君と初音組から凄い攻撃を受けるようになっていたそうだ。更にリンちゃんの目にゴミがついていたから取ってあげていたら接吻していたと勘違いされて嫌がらせは日々増していったそうだ。…っていうかお兄ちゃん。苛められっ子だったのね。 「それからと言うもの、弁当の茄子が全部ネギに変わっていたり、クラスのマイ盆栽に皮の剥かれたバナナが植えてあったり、その皮が机の中に入っていたり、教科書の人物に全部ひげが書かれていたり…!大変だったんだ…!」 小学生ですね、判ります。いや、小学生でもそんな原始的な嫌がらせしないか。 お兄ちゃんの話で判った事だが、どうやら3人はリンちゃんに気があるらしい。レン君やクオ君は勿論、ミクちゃんまでもが"恋愛感情"を持ち合わせているらしい。だから皆リンちゃんの事になると態度が変わったのか…。納得納得。 転校初日。 新しい生活がスタートしました。 あの学校で上手くやりきるための鉄則。 『リンちゃんに手を出さないこと。』 あの3人だけは絶対に敵に回したくない。 本能がそう訴えてくるのでした。 さよなら平穏ライフ (お兄ちゃん、私あの子達と友達になったんだよ☆)(家に連れてくる時はオレがいない時に頼む) + + + さよなら平穏ライフ(****へいおんらいふ) リクエスト「学パロで甘々なレンリン」 妄想日和 (にさ) http://m-pe.tv/u/?mno2 [*前へ][次へ#] |