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目が覚めた。いつも隣にあるはずの温かい体温がない事に気付き、慌てて身を起こす。ダブルベッドの上に置かれている黄色の置時計を見ると短針は既に12と1の間を指していた。窓の向こうに見える太陽は、すっかり上に昇っている。

(やばい、寝すぎた)

昨日はレコーディングが長引いて帰りが遅くなったとは言え、もうお昼。いくら今日が休日だからといっても、この家の人たちのスケジュールはしっかりしているため、朝は平日となんの変わりもない。メイコ姉がお酒を沢山飲んで酔い潰れても、カイトがそれに付き合った次の日も、ミク姉が仕事で遅くなった時も、あの寝起きの悪さに定評のあるリンでさえも、朝はきっちりと皆で迎える。
それなのに俺ときたら…。昼まで寝てしまうなんて!あーあ。どやされるのは確定だなぁ〜なんて、ちょっと憂鬱な気分でベッドから足を下ろした。地に付く足に少し力を込め、立ち上がる。

(あれ、)

なんだか視界がおかしい気がする。こう、ぼやけるっていうか、その。ゆらゆら?両方合わさった感じ。これは自分が揺れてるのか、視点が定まらないせいなのかはよく判らないけれど、まっすぐ立てないという現実。気の所為か喉もイガイガした感じがする。
このまま立っていたら気持ち悪くなりそうだったので一旦ベッドに腰を下ろした。


「あ、起きたんだねー!」


ガチャリと部屋のドアが開いたのでそちらを向く。リンがお盆に何やら色々と乗せて入ってきた。ガチャガチャと音を立てて動くそれらにハラハラして手伝おうと立ち上がると「ダメ!ベッドから離れないで!」と、いつものリンでは考えられないくらい強く言われたのでそうしないわけにもいかず、大人しくベッドに腰を落ち着けた。しかしお盆を持ったままドアを閉めようとするリンを見る。――ああ、コップに入った水みたいな液体が今にも零れそうだ――とりあえず、お盆を置いてからドアを閉めるように提案してみる。どうやらそれに賛同してくれたようで、黙ってこちらにお盆を置きに来た後、すぐに振り返り急いでドアを閉めに行った。


「…で、これは?」


入口から戻ってきたリンに、彼女が持ってきた品々を指差し尋ねる。お盆の上にはコップに入った水に、小さい粒の入ったケース、細長い液晶のついた棒やら、とにかく色々乗っている。…あと、なんでスポーツドリンク?
次々と出てくる疑問に首を傾げる。うわっ、なんか頭が痛くなってきた。なんか寒気はするし、吐き気もするし、何なんだ。ウィルスが入ったとか…?いや、昨日マスターのところにいたときは何ともなかったぞ?
ぐるぐるぐるぐると頭の中で色々な考えてみるものの、何が起こっているかがさっぱり判らない。ただ身体の調子が悪いのは確かなようで、不安になる。


「大丈夫?」


リンが不安そうに俺の顔を覗き込む。大丈夫、と答えたいが原因や対処法以前に何が起こっているのかが全く理解出来ていないため大丈夫とは言い難い。


「えっとね、横になるといいんだって!」

「横に?」


リンはこの症状が何だか知っているのだろうか。聞いてみようと思ったがとりあえずこの気持ち悪さを回避するのが先だ。リンの言った通り横になってみる。あ、ちょっと楽になったかもしれない。ベッドに身を預けていたら、ふわり、とタオルケットが掛けられた。ああ、寒気がしていたから丁度いいかもしれない。


「これ!するんだって」


なんという症状か尋ねる前にリンから次の指示が出る。先程お盆にのっていた細長い液晶の付いた棒を渡された。

「する、…って、どう?」

「えっとね」


リンの頭が急に俺の目の前来たので少しドキッとする。何をするのかとぼーっと見ていると、どうやらパジャマのボタンを外しているようだ。


「なななな何やってんだよ!」

「ちょっと動かないで!」


すぐ終わるから!と言って、俺の抗議なんてちっとも聞いてくれやしない。上の4つ、ボタンを外したところで服をずらされ、左脇に先程の棒を挟まされた。


「なんだ、これ」

「ピピピって言うまでそのままでいてね!」

「…ん」


何かを知っているリンに抵抗しても症状は悪化するしかないと考え、俺は片割れの言う事に大人しく従うことにした。リンが症状を知っていて対処の仕方も知っているとなれば俺の症状はそんなに重くないものなのかもしれない。(マスター以外が見てくれているってことは誰でも治せるってことだし…。)
ぼーっとそんな事を考えていると脇からピピピという電子音がした。


「鳴ったけど?」

「見せて」


手を差し出してきたリンに先程の棒を渡す。受け取ると液晶画面を見て一言。


「風邪ですね」


…は?風邪?


「風邪って?」

「なんかね、身体の調子が悪くなっちゃう病気なんだって。人間がよくかかるらしいよ!」

「人間って、俺、ボーカロイドなんですけど」

「んー?よくわかんないけど、お姉ちゃん達もかかったことあるみたいだよ?レンと似た症状だったんだって」

「じゃあ直ぐに治るんだ?」

「ちゃんと大人しくしてればね、って言ってたよ」

「ふーん?さっきの棒は何だったの?」

「あれは体温計って言って、身体の熱を計るんだって!普通は36度代なんだけど、風邪とかひくとそれ以上になっちゃうらしいよー」

「俺は何度あったの?」

「えっとね、…38.9!」


あれ、相当高くないですか。道理で身体の調子が良くないわけだ。さっき大人しくしてたら直ぐ治るって言ってたけど、このまま無理してたら悪化するってことだよな…。今判って良かった。
…それにしても


「よくお前気付いたな」


そうだ。よくよく考えてみれば起きた時には既に症状を把握して更に対処法まで見つけてきていた。
リンを見れば、えへへ、と小さく笑いながら、「夢をみたの」と答えた。


「…夢?」

「うん。あのね、」


そこから片割れは自分の見た夢について話し出した。内容はとても単純な夢。俺が声が出ないと苦しんでいたらしい。不安になって朝目を覚ますと顔を真っ赤にした俺が横にいた。顔に触れてみると物凄い熱さだったので流石にオカシイと思い、家族に相談を持ち掛けた。そして今に至る、と。


「そういえば皆は?今日休みだよな?」

「カイト兄とメイコ姉はマスターと一緒にお友達のところに行ったよ。ずっと前から約束してたんだって」

「ミク姉は?」

「レンの風邪が心配だって葱を取りに行ったよ」

「…は?ネギ?」

「なんか風邪には葱がいいんだってー!それでミク姉張り切っちゃって、レン君のために新鮮でおいしいネギを取りに行くんだって出かけちゃった。だからー、いつ帰ってくるかは判らないかな?」

「まあ、皆夕方までには帰ってくるだろ。…ってことは、それまでリン一人?」

「うんっ!そうだよ!なに、リンじゃ心配?」

「いや、そういう訳じゃなくて」

「じゃなくて?」

「折角の休みなのにごめんな?」

「…!ううん、全然いいよ!」


リンは慌てながら手と首を横に振る。しかし折角の休日を邪魔してしまったのは事実だ。申し訳ない気持ちでいっぱいになり再び謝ろうと口を動かそうとするが、リンの人差し指で唇を押さえつけられた。


「ン。これ以上は言わないで」

「?」

「久し振りにレンと2人っきりで過ごせるんだもん。嫌なわけ、ないでしょ?」


にこっ、と目の前で笑う俺の片割れ。…やばい、凄く可愛いんですけど。リン、と名前を呼ぼうとするが喉に突っかかるような感じがしてゴホゴホと噎せ返ってしまった。


「レン!大丈夫?」


リンが優しく背中を擦ってくれる。それだけで熱すらも大分ひいて楽になった気がする自分の身体は随分と単純だ。この調子でリンに看てもらえばすぐに治ってしまいそうだと思ってしまった。


「とりあえず、朝から何も食べてないでしょ?これ、まずこれを食べてね」


はい、とバナナヨーグルトとスプーンを渡された。…俺の大好物。あれ、冷蔵庫にこんなのあったっけ。


「レンが寝てる間に買ってきたんだー。だからちょっとここに来るのが遅れちゃったの。ごめんね?」

「いや、凄く嬉しい!ありがとう」


うん、凄く嬉しい。ぺりぺりぺり、とヨーグルトの蓋を開けるとクリーム色をしたヨーグルトが出てきた。早速スプーンで掬い、口に運ぼうとする。…が、凄い視線を感じる。その方向を見てやればリンが物欲しそうな目でこちらを見つめていた。


「食べたいの?」

「え!違うよ!そんなんじゃないよ!ただ、美味しそうだな〜…。なんて。」

「なんだよっ、食べたいんじゃんっ」


ぷぷ、と笑ってやればリンは顔を真っ赤にして「病人からまで食べ物を取ろうとは思わないもんっ」と抗議の声をあげた。


「食べる?」

「う…」


スプーンをリンの目の前まで持って行ってやるとリンはちょっとたじろいだ。直ぐに拒否しないところを見るとやっぱり少し食べたかったようだ。


「遠慮しなくてもいいって。ほら」

「でも…。病気、移っちゃうって言われたから」

「最初の一口なら問題だいだろ?な?」


さらにスプーンをリンの口に近付けてやる。どうやら観念したらしく、大人しくそれを口に含ませた。


「う〜ん!やっぱり美味しい!ありがとう!」


リンは頬に手を添え、目を輝かせた。その表情や仕草が可愛くてついつい頬の筋肉が緩んでしまう。お礼を言わなければいけないのはこっちの方なのに、お礼を言い返されてしまった。なんと答えればいいのか迷っているとリンは「そうだ!」と言って、俺に手を差し出した。


「レン!それ貸して!」

「それ、って…これ?」


俺は先程リンに食べさせたバナナヨーグルトを軽く持ち上げながら尋ねる。


「そう!今度はリンがレンに食べさせてあげるね!」


にこにこしながら両手を差し出すリンを見たら当然断れるはずもなく、「お願いします」と言って、それを渡した。

ヨーグルトを食べ終えると今度は小さい粒の入ったケースを渡された。どうやらこれは薬というらしく、熱を下げたりする効果があるようだ。俺は薬を説明書通り2錠口の中に放り投げると、そのまま水でそれを流しこんだ。…喉が詰まるかと思った。噛まずに飲むなんて人間のやることはよく判らない。


「あとは、これで」


―――よしっと。
おでこに何かをペタリと貼り付けられる。ひんやりとしていて気持ちがいい。今まで起こしていた上半身をリンに促されるがまま枕に頭をもふりと預け、身体を仰向けにすると上から布団が被せられる。


「熱い?」

「ん、ちょっと」

「あ、そっか。ちょっと待っててね」


リンは何かを思い出したようで急いで部屋から出ていく。ずっと一人でいるのも退屈なので相手をしてもらおうと思ったなのに、その用事はどのくらいで済むのか聞くべきだった。
…まあ、いいや。諦めて目を閉じていると、数分もしないうちに再び部屋のドアが開いた。
リンはベッドの横に何かを置くと、最初と同じようにドアを閉めに行く。


「今度はなに?」

「汗、掻いてるでしょ?」

「うん、かなり」

「拭いてあげようと思って」


再びにこっと笑うリン。確かにさっきから汗を掻きっぱなしで気持ち悪かった。


「ほら、上脱いで」

「ん…」


俺はリンの言う通りに服を脱ぐ。すると濡れたタオルで優しく汗を拭きとってくれた。自分でも出来るよ、と言ってはみたが「病人でしょ」と俺の意見は一蹴されてしまった。これ以上何を言っても無駄だ、と悟った俺は、折角なのでリンの優しさに甘えることにした。
上半身が終わり、今度は下半身に移る。全て拭き終えると、新しい寝巻を用意してくれていたらしく、それに着替えさせられた。
そしてまた布団をかけられる。今度は先程みたいな寝苦しい熱さとは違う。きっと汗を拭いてもらったおかげだろう。


「じゃあ、ゆっくり寝てね」

「ん、ありがとな」

「どういたしまして!」

ちゅっ、と軽く唇を落とされる。


「おやすみ」


俺もおやすみ、と答えると目を閉じた。



 * * *



「リンー!レンー!」

寝てるのかな?と目を合わせるメイコとカイト。2人のいる二階の部屋へ上がろうとすると玄関のドアが開く。

「ただいまー、って、あれ?お姉ちゃん?お兄ちゃん?早かったねー!」

「うん、レンがあんな状態だからね、早めに帰ってきたの」

「そういうミクはどこに行ってたんだい?」
「風邪って言ってたから早く治るように美味しいネギを取りに行ってたの!」

「あ、…ああ、あのネギね」


カイトとメイコは青ざめながら顔を引き攣らせる。どうやら苦い過去があるらしい。


「レン君の状態どう?」

「私たちも今帰ってきたところなの。丁度見にこうと思って」

「あ、私も行こーっと」


3人で二階へあがり、RIN & LENとプレートが下げられた部屋のドアを開ける。一番にメイコが静かに覗きこむ。


「あらあら」


どうしたの?とカイト、ミクが続いて覗きこむ。


「寝ちゃってるね、2人とも」

そこにはベッドの上で仰向けに寝ているレンと、その脇で腕を枕にして寝ているリンの姿があった。


「仲のいいこと」

「レン君の風邪、リンちゃんにうつらなきゃいいんだけど…」


カイトが心配そうに呟く。


「大丈夫でしょ。このままにしてあげましょっか。」

「そうだね。…あ、ちょっと待って」


ミクはリンに近づき、タオルケットを肩にかけてあげると、起こさないようにゆっくりとベッドの傍から離れた。


「おつかれさま」


部屋の中に2人を残したまま、ドアは静かに閉められた。





仕合せ回旋曲





(リンが風邪ひいたら同じように看病してあげるからな)(はい!リン、オレンジヨーグルトがいいです!)(了解、お姫様)

 + + +

仕合せ回旋曲(しあわせろんど)
リクエスト「レンリン甘」

妄想日和 (にさ)
http://m-pe.tv/u/?mno2



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あきゅろす。
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