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あのね、

初音ターン


「ミク姉」


この声を聞くとああ、リンちゃんだなぁって思う。なあに、と優しく微笑みかければ「あのね、」と言って一所懸命に色んなことを話してくれる。そんなリンちゃんが可愛くて大好き。

中学生になってから学校では笑わなくなってしまったけれど、私の前ではニコッと微笑んでくれる。レンくんにも同じ笑顔を向けるけど、学校ではその笑顔は私だけのモノ。他の人が知らないリンちゃんを知ってる。なんだか誇らしいや。


「リンちゃん」


そう呼べば彼女は振り返る。
まだ無表情の彼女に「レンくんはいいの?」と尋ねると、リンちゃんは彼の所に聞きに行った。周りの女の子にとっても酷いことを言われたのに表情を変えないリンちゃんは、私にも何を考えているのかが判らなかった。
けれどきっとリンちゃんは凄く傷ついている。私がレンくんに聞かせにいったから…。申し訳ない気持ちになってリンちゃんに「ごめんなさい」と謝ったら、笑って「慣れてるから大丈夫だよ」と言ってくれた。
さっきは無表情で何を考えているのか判らないとはいったけれど、リンちゃんは優しい子だから先程の言葉に嘘はないなぁ、なんて。きっと私だけじゃなくて他の人も、今の笑顔を見たらその言葉が嘘だなんて誰も思えないと思う。

確かに今のリンちゃんは昔とは別人のような顔つきだけれども、優しい性格は今も昔も変わらない。

その証拠に、ほら。
こんなに可愛らしい笑顔を私にくれる。

いつもは笑っているリンちゃんだけど、いつだったかな。私に泣きそうな顔で相談しにきたのは。



 * * *



それは突然の事だった。確かリンちゃんが小学校に通ってた時のこと。
夜に電話がかかってきたのだ。


「ミク姉…今大丈夫?」


その声は今でも忘れられないくらい弱々しいものだった。
どうしたの?と聞けばレンくんについての相談事のよう。リンちゃんはお隣さんなので、とにかくうちに来るように招くと数分後に家の門が開いた。

カチャリ、と音をたてるソーサーの上には温かい紅茶。持ってきてくれたメイドさんにお礼を云い、部屋のドアが完全に閉まるのを確認すると、目の前で俯いて座るリンちゃんに微笑みかけた。


「さ、ゆっくり話しましょう?」


リンちゃんの変化に多少の戸惑いはあったが、ここで私が動揺してしまってはリンちゃんを助けられない。だからなるべく優しく、落ち着いた声色で話しかけた。
リンちゃんは顔をあげると「こんな時間にごめんね」と、とても申し訳なさそうな顔で謝ってきた。


「ううん、いいのよ。リンちゃんが困ってるのに放っておけるわけがないでしょ?」


大事な親友だもの。
そう言うと、リンちゃんの表情が少し緩んだ気がした。


「ありがとう」


頬を染めてはにかむリンちゃん。まるで熱の時に弱っている子供のよう。


「あの…ね?」


リンちゃんが話し始めたので、私は耳を傾ける。


「私、好き…な、人ができたみたいなの」

「うん」

「その人を見るとね、胸がぎゅーっ、と締め付けられるみたいになるの」

「うん」

「これって…、恋…なのかな」


眉をハの字にして顔を真っ赤にするリンちゃん。これは、恋する女の子の顔よね?


「その相手は…レンくん、かな」


ニコリと微笑んでそう尋ねれば、「えええぇ?!どうしてわかったの?ミク姉ってエスパー?!」と驚きを隠せない様子で席を立つリンちゃん。
小さく笑って「いつもの様子を見てれば判るよ」と言ったら「うそ!」と心外そうな顔つきで、すとんと椅子に座り直した。
いつもの調子が戻ってきたようで、最初の深刻そうな雰囲気は薄れてきていた。


「リンちゃんはね、レンくんを見るとき凄く女の子の顔をしてるよ」

「私、女の子だよ?」

「う〜ん、そうじゃなくてね?」


レンくんを見るリンちゃんは、いつもよりず〜っと可愛く見えるの。本当よ?
そう続けるとリンちゃんは恥ずかしくなったようで更に顔を赤くした。


「ミク姉は…」

「ん?」


上目遣いでこちらを覗くリンちゃん。
次の言葉を待つがなかなか口を開いてくれない。どうしたの?と聞こうにも、わなわなと震えているリンちゃんの口をみたらそんな催促は出来なくなる。
しばらく待っていると、リンちゃんはゆっくりと口を動かし始めた。


「お、かしい…とか思わなかった、の?」


それは私にとって心外な台詞だった。


「レンは…私の、リンの、双子の…」


―――実の弟なのに。
リンちゃんの目を見れば、それは軽い悩みではないことが直ぐに判った。
こんなに涙を溜めて…本当にレンくんが好きなんだなぁ、と改めて実感した。
私はハンカチを取り出し、リンちゃんの目の周りを優しく叩いてあげる。
そんな顔してたら可愛いお顔が台無しよ。


「リンちゃん、私はね、好きってことに良いも悪いもないと思うの。」


さあ、顔を上げて。
顎に手を添え優しく上を向かせる。
リンちゃんは目を真っ赤にして、不思議そうな目でこちらを見つめていた。


「レンくんが、好きなんだよね?」

「好き、大好き」


その返事を聞いたら、私が嬉しくなってしまってつい笑みが漏れてしまう。
レンくんって幸せ者だなぁ。


「ならいいの。ずっと好きでいてあげて」


恋に罪なんてないわ。
そう、それは身分や家柄が違っても、好きになることに罪はない。どんな障害があっても立ち向かう気になれるだけの魅力が相手にあるのならば、素敵なことじゃない。
それはリンちゃんに放った言葉だけど、もしかしたら私自身に言い掛けているのかもしれない。

リンちゃんはきょとん、とした瞳でこちらを見ていた。何か…拙いことでも云ってしまったのかと不安になる。


「リンちゃん?」


耐えきれなくなって呆然とする彼女の名前を呼んでみる。
するとリンちゃんはビクッと体を跳ね上がらせ、驚きの声を上げた。


「あの…、私変なこと言ったかな?」


心配になり素直な心情を尋ねると、リンちゃんはぶんぶんと大きく首を横にふり、違うの!と叫んだ。


「あ、あのね、なんかね」

「う、うん」

「ミク姉、カッコイイなぁと思って」

「えっ、私が…?!」


予想外な返事に戸惑ってしまう。わたわたする私を見てリンちゃんは笑った。


「ミク姉」

「なあに?」

「ありがとう!大好き!」


リンちゃんは今日一番の笑顔を私に向ける。それが凄く嬉しくて、私もそれに応えれるように笑い返した。


「今日はもう遅いし、泊まる?」

「いいの?」

「いいよ。いっぱいお話しましょ?」


リンちゃんは嬉しそうに「うん」と返事をすると、早速レンくんに電話し始めた。


「オッケーだって!」


携帯電話を閉じると、私に手でサインをくれる。私もサインを返す。
それから…長い長い夜を2人で過ごした。




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あきゅろす。
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