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月夜と男


鈴虫が、煩いくらい鳴いている。風情もここまで行くと迷惑にしかならない。夜になれば肌寒さが感じられる季節にさしかかり未だ夏用のブランケットを使用している私は寒さから寝れなかった。仕方なしに起き上がり暖かな飲み物を入れる。寝るのだからミルクティー。鈴虫の声を聞きながら飲むミルクティーは風情などちっとも感じられず少し気に入って笑みを浮かべた。何気なく窓を開ければ満ち行く月の光が私を照らす。突然の事で目がチカチカした。月光とはこんなに光を宿したものだったか。クラクラする頭を抑え再び目を開いた。相変わらず月光は辺りを煌びやかに輝かせていたが先程より光は強くない。目が慣れたのだろうか。

「月は苦手?」

不意に声がした。慌てて視線を辿らせれば月の真下に黒い影。闇を纏った男が立っていた。逆光で表情はよく見えないがその口元はまるでチェシャ猫の様に歪められている。儚く、触れれば消えてしまう様な雰囲気を漂わしているくせに男はそこに確かに存在していた。

「…月は、好きだよ」

「本当に?」

まるで私の心を見透かす様に男は一歩、また一歩と近付いてくる。逃げろと頭が警報をならしたが私の身体は金縛りにあったかの様に動くことが出来なかった。嗚呼、男が近付いてくる。
月が、月が隠れてしまう

光が消え、闇が世界を支配した。男の手が頬へと触れる感触。闇を纏った男は光を受け付けていないからかと思わせる程に冷たかった。その白い肌には血液が通っていないのだろうか。冷たくて、その冷たさが心地よくて。私は瞳を閉じた。

「また会えるといいね」

瞳を閉じているのか開いているのかさえ解らない闇の中でそんな声が聞こえた様な気がした。


そして私が目を開けると、なにも無かったかの様に。闇の中を月が独りで佇んでいるだけだった。


(刹那、闇に沈みたくなる衝動に駆られる)
(気付かせてしまった残酷な、泡沫よ)






あきゅろす。
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