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触手カヲルさん


「……何、これ」

シンジの目に飛び込んで来たのは、数多の触手の中心でうずくまるカヲルの姿だった。

(ここは……カヲル君の部屋、だよね?)

間違えようはずがない。カヲルの部屋を訪れることは、シンジの日常の一部なのだから。
だが、目の前に広がる光景はどうだ。異様な空気に包まれた非日常な異空間としか形容できない。


「……う」

「!」

玄関の扉を開けたまま立ち竦んでいたシンジの身体は、耳に届いたカヲルの微かな呻き声に反応した。

(もしかして新手の使徒が、裏切り者と見なしたカヲル君を粛清しに!?)

――助けなければ!


「カヲル君!」

恐怖心を打ち負かし、カヲルの元へ駆け寄る。

「駄目だ、シンジ君……」

「あっ!」

あと一歩でカヲルに届くと思った矢先、シンジの両腕は伸びてきた触手に搦め捕られてしまった。
そして、そのまま天井近くまで持ち上げられる。
さながら磔の罪人のように。

「放せ、放せよっ! ……カヲル君っ、早く逃げて!」

せめてカヲルだけでも。
そんなシンジの悲痛な叫びをカヲルは微笑を携え受け止めていた。

「!? ……何で、笑ってるの……?」

カヲルは困惑するシンジを愛おしそうに見つめながら、ゆらりと立ち上がり耳を疑う言葉を吐いた。

「“これ”は僕の一部だから、逃げる必要などないんだよ。シンジ君」

「!?」

「驚かせてしまってすまないね。……この触手の一本一本は、世界が再構築される度に生まれた僕の記憶なんだ。終わりを迎えるたびに始祖である僕の元へ還ってくる。ああ、君を拘束しているのは危害を与えるためではなく、懐かしさ故に君を求めているからなんだよ。安心しておくれ」

彼の口からつらつらと零れ落ちる言葉の全てがシンジには理解できない。
ただ一つ思い知ったことは“渚カヲル”がやはり、自分と異なる生命体だということ。

「……僕を、どうするの?」

――異形の姿を見てしまった以上、生きてはいられないだろう……。

覚悟も固まらぬまま、虚ろな瞳で答えを待つ。

「いずれは話すつもりだったんだよ。予定が狂ってしまったけれどね」

――これで、ようやく君を伴侶として迎えられる。

歓喜を添えた言葉と共に、伸ばした触手をシンジごと手繰り寄せ、表情を失った彼の唇を指でなぞる。

(……あ、いつものカヲル君だ……)

幸せそうに微笑むカヲルをぼんやりと見つめながら、シンジの身体は抱擁されるように触手の中へ包まれて行った。





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