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くろ【黒】


目を開ける。
視界一杯に黒が広がる。
すぐに瞳にある、人間でいう虹彩を調節し、明るく見えるようにする。

辺りが鮮明に見えてくる。

私は立ち上がった。
何かがたくさんある。
取り囲まれているようだ。手で触れる。
固い。
木質。
私は取り囲むように沢山あるそれを、【木、樹】と認識した。

今から何をすべきか

最優先事項は人に溶け込む事。
インプットされた指示に従って、【普通】にしなければ。

【普通】、人は服を着る。
私は【呉服屋】を目的地に設定した。


私は今、何も着ていない。
実験のとき、装置の中で火花が散っていた。
燃えた、と私は推測した。

瞼を閉じる。

瞳の機能を変更する。
サーモグラフィを選択し、瞼を開く。

物体から放射される赤外線が自動的に分析され、温度が高いものほど赤く、低いものほど青く視える。
遠くに熱源が集中しているところを確認した。

【町、街】または【村】だろう。

瞳の機能を通常に戻す。
熱源までの所要時間は20分と推測した。

歩きながら、今何時なのかを考えた。
私の体内の時計は午後4時を示している。
しかし、4時でこの黒さはおかしい。
恐らく、衝撃で時計が一時停止してしまったのだろう。
修正が必要だ。
私はひとます午後9時と設定した。



予定通り、20分後に熱源付近へ到着した。
見渡す限り、人はいなかった。

私は【呉服屋】を見つけた。
扉は閉まっていた。
私は扉を叩いた。
扉の隙間から光が漏れる。誰かが起きたようだ。
私は置いてあった桶の陰に隠れる。

扉が開く。


「なんだい?こんな時間に」


中から出てきたのは40代くらいの女性だった。
【普通】、人は体を異性に見せないらしい。
私は、女性として造られた。
一応隠れたが、女性ならいいだろう。
私は立ち上がった。


「服が燃えてしまったようです。譲って頂けませんか」


彼女は私を見ると驚いたようだったが、次の瞬間には慌てて私の肩を掴み、店に引き入れた。


「もう春先とはいえ、ここは奥州だよ!!そんな恰好で何考えてるんだい!!!」


彼女は怒っている。
どうやら私は失敗したらしい。
【普通】にできてなかったようだ。
私は頭の情報を書き替えた。

《人は異性、同性、どちらにも体を見せてはいけない》


「はやく来な!凍え死んじまうよ!」


彼女に導かれるまま、奥に入っていく。
お湯の入った器を用意してくれた。
器の中に体を入れると、体の温度が上がった。
【風呂】と、私は認識した。


風呂から出ると、先程の女性がいた。
【着物】を着せてくれた。私は彼女の手つきを見ていた。


「ありがとうごさいます。記録しました。次からは自分で着られます」


私は彼女の手から目を離し、彼女の顔を見上げた。
彼女と目があった。

彼女は泣いていた。


「かわいそうに…山賊にでも…襲われたのかい…?こんなに…小さいのに…」


彼女は私を抱きしめた。

なんだかあたたかかった。
この情報をどこに書き込めばいいのか迷った。
ひとまず、【呉服屋】の欄に書き込むことにした。

【呉服屋】
和服用の織物を売る店。
暖かい場所。


「今日はもう遅い。泊まってきな。外は真っ暗だろう?」


外を見る。
暗くはない。
私の瞳は明るさを調節できる。
でも人が見ると暗いのだろう。

瞳の明るさの設定を暗くすると黒くなる。
【暗い】を【黒】と覚えることにした。

今日はたくさん覚えた。




くろ【黒】
墨のような色。
犯罪の事実があること。
またはその容疑者。





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