ひょうじょう【表情】 「立てないのかい?」 男の視線が私の足を押さえる左手を捉える。 「捻っちまったか?」 傍に屈む。 「ん?」 私の顔を下から覗き込む男。 「きぃ」 肩から頭部へ移動する熱源。 「ちょっと見せてもらうよ」 「結構です」 男が伸ばした手を避け、頭部にしがみつく日本猿を払いのけた。 「きっ」 「おっと」 黒い森。 私の非常時プログラムが発動した。 そして、正体不明の男。 今は夜。 これから気温は下がり続ける。 それにもかかわらず、こんな道を外れた森の中で何をしているのだろうか。 私を狙いに来る可能性がある。 伊達政宗、彼の忠告を思い出す。 【猿飛佐助】 目的は、私の破壊かデータプログラムか。 それとも、私の体に含まれる貴重な部品かもしれない。 「よかった、話せるんだな」 男が笑う。 「俺は慶次、こっちは夢吉ってんだ」 慶次、そう名乗る男はまた一歩、私に近づく。 私の足はまだ動かない。 動けない。 「私の邪魔をしないでください」 一度、再起動させる必要があるようだ。 時間を短縮するために、森を歩いたのだが、これで無駄になるだろう。 「邪魔…?んーっと、もしかしてお嬢さん、家出かい?」 「違います」 男は眉毛を下げて、首をかしげる。 「じゃあ、家に帰りな。こんな時間に女の子が一人だなんて危険だ」 「私は独立人型調査機です」 その言葉を音声にした瞬間に、視界の端に熱反応が出た。 「おっとぉ、お嬢ちゃん、ちょっと隠れくれ!」 男は、正確に熱源を確認するためにサーモグラフィを起動させようとした私の肩を掴み、そのまま地面に引き倒した。 頭部への衝撃を和らげるために咄嗟に腕で頭部を覆う。 腐葉土の地面に体が沈みこむ。 静まりかえる森。 うつ伏せのまま首を回して、周囲の暗闇を見た。 危険や異常がないことを確認した後に、上体を起こした。 「なんですか」 「やっべぇな、あれはまつ姉ちゃんの鷲だ」 見つかっちまったかなー、と頭を掻く男が言った、その言葉。 「まつ」 「ん?どうした?」 困ったような顔をしていた男が、急に笑顔になり、私のほうへ身を乗り出した。 男は、そう、慶次という彼は、今、【まつ】と言った。 「まつ、慶次」 「……」 一人のデータが候補に上がる。 「【前田利家】」 彼は低く唸り、頬の筋肉だけで笑おうとして、表情を崩した。 「俺と前田は関係無い」 その表情は、教授たちがスポンサーに無理難題を押し付けられた時の表情に似ていて、多くの感情が混ざりすぎて、感情が特定できない表情だった。 ひょうじょう【表情】 感情が外面に表れ出た様子。 本当に、何か証拠や根拠があるわけではないのだ。 こんな夜更けの森で遭遇した男に、豊臣政権の五大老の一人になる重要人物との接点があるなど、あまりにも突拍子もない推測だ。 しかし、その推測はもはや確信の域に達していた。 きっと、私のどこかのパーツが、またはプログラムが、そう感じたのだろう。 私は、彼と【前田利家】との間に何らかの関係があるのだと確信した。 *前 [戻る] |