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しれい【指令】


黒い。
設定を変更すると視界が明るくなる。
それでも月光を遮断されているためか、安全に活動できる基準値には及ばない。


私は足元に注意を払いつつ歩いた。
地面は不規則に隆起している。
大小様々な窪みもあり、そこに木葉が集まって窪みを隠しているため、一見平坦に見えるところでも慎重に歩を進める必要があった。

こう起伏に富んだ地形を歩く経験は今までになく、私は遅々として思うようには進まなかった。

この時代に来た初日も森を歩いたが、その時は道に沿って歩いたため、これほど苦心しなかった。


やはり道に沿って行くべきだっただろうか。


戻ることも考えたが、道に沿って森や山を迂回して行くよりやはりこうして直線で行くほうが効率がいい。

私には無駄にできる時間はないのだ。


そう何度も同じ結論にたどり着き、また考える。この繰り返しだった。

そう、【不快】なのだ。
この森は【不快】だ。

おそらく、この周囲の黒さのせいだろう。
月光を遮る葉、立ち並ぶ幹、隆起する根、その全てが私のデータにある【葉】【幹】【根】とは違って見える。

私はただ慎重に歩を進めた。
すでに奥州の国境は過ぎた。


研究所から発信された【指令】。
伊達政宗が退室したあとに、私が受信した。
そこに記載された日付は数日前のものだ。
回線に不具合が生じ、【指令】が私に届くまでにタイムロスができているようだ。

時代の流れは速い。
無駄にできる時間はない。


考えを巡らせながら歩く私は、上から降ってきた小さな物体への反応が遅れた。


「!」


危険、と判断したときにはもう遅く、その物体は私の肩に落ちた。
そして、倒木を乗り越えようと片足を上げていた私は、
その衝撃に驚き、
均衡を崩した。
私はぐらりと歪む視界の端に、月を見た。











私は目を開けた。



月光に照らされて、自分の腕、正確には肘が見えた。



体は非常時プログラムに従い頭部を庇ったようだ。

普通、この程度の衝撃でこのプログラムは発動しないが、光量が基準値を満たしていなかったため発動したのだろう。




そう分析したが、違った。


「うきぃ?」


茶色の毛並み。
揺れる長めの尾。
哺乳綱類霊目オナガザル科マカク属。


「【日本猿】」


なるほど。
どうやら生命体からの【攻撃】と判断されたようだ。

この非常時プログラムは私には制御できないため、あくまでこれは推測だが。


「夢吉ーどこだー?」

「ききっ」

「おっ、こっちだな」


突如、静まり返った夜の森に声が響いた。
男の声だ。

近づいてくる。


ひとまず立ち上がろうとした瞬間、
私は地面に力なく倒れた。


Error




私が思っていたよりも先程の衝撃は大きかったらしい。



右足が動かない。



倒れた私の顔を覗き込んだのは知らない男の顔。

彼は私の手を取り、上半身を起こさせた。


「お嬢さん、迷子かい?」


手から伝う熱が、肩にしがみつく熱が、私の表面温度を上げた。

夜の森、葉が幹が根が月が
私を【不快】にさせる。

【指令】実行を阻害されてはならない。

動かない足が伝える。
目の前の男を、【警戒】しろ、と。




【指令】
上部から下部に命令、通知を出すこと


指令には必ず従う。
そのために私は存在する。
だが、
夜は【不快】
森は【不快】
月は【不快】
その夜の森を歩く、
この男も【不快】
自分がここにいる、
ということも【不快】
指令に従う自分が【不快】

けれども、
指令に従わないのも【不快】


私はどうしてしまったのだろう。



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あきゅろす。
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