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うれしい【嬉しい】


私は城内を歩き回っていた。

城の構造や建築様式、生活水準に礼儀作法。
確認することは山程ある。
それらを一つ一つ確認しながら、視界の隅で彼を探している。

私が造られてから初めての経験だ。

しかし、なかなか見つからず、困惑した。
こういうときはどうしたらいいのだろう。


検索結果:2件
【首を傾げる】
【首を捻る】


とりあえず首を振る。
右に、左に。
この行為の結果として得られるのは何だろう。
回路を修理するには乱暴すぎる。

この動作の【目的】、【動機】、一切不明。


首を振った瞬間に、ふっと視界に大きな男が入った。
2メートル以上の巨体。
彼らは大きな鉄棒を持って振り回していた。


「あれは何をしているのですか?」


私の真上に向かって尋ねる。
返事は、ない。

サーモグラフィを起動させる。


「何故黙っているのですか」


天井裏に熱源を確認した。


「彼らと、貴方は何をしているのですか」


もう一度尋ねる。
反応はない。
仕方なく、鉄棒を振り回す大きな男たちを画像保存した。
そして、私から離れない天井裏の人物のことも書き込む。

【目的】、【動機】、一切不明。


縁側に座る。
ひとまずここまでで集めたデータを整理していく。
足りないところはないか、矛盾点はないかを確認していく。
そこで気付いた。
城の中ばかり記録して、城の外観の画像が無い。


私は立ち上がり、歩きだす。

廊下を歩きながら、視界の隅に彼が映らないかと注意していた。
しかし、彼は見つからない。

そしてついに門が見えた。
一度だけ振り返った。
やはり彼は居ない。

私はそのまま門を抜けた。
今の気分はなんだろう。

【後ろ髪を引かれる】

私は自分の青い髪を手櫛で梳いた。
いつも通りだ。
引っ張られてはいない。




私は歩く。
城の全体を見るためには少し離れたほうがよさそうだ。







「てめぇ、こんなとこで何してやがる」


城からそんなに遠くないところ。
野菜が整然と並んだ畑。
【不快】そうに眉をひそめる片倉小十郎が、いた。



「城の外観の画像を撮りに来ました」

「あぁ?」

「同時にあなたを探していました」


彼は頭に巻いていた手拭いを乱暴にとった。


「…何の用だ」

「私に手を貸して下さい」

彼は私をにらみつけた。


「……」


そして、沈黙。


私は野菜を踏まないように気をつけながら畑の中に入った。

彼はますます【不快】そうな顔をした。
それでも私は彼に近づいた。
それが、必要だと思ったからだ。


「止まれ」


彼が言う。
鋭く、重く、低く。

【言葉】が鋭かったり、重かったりするのか。
少し前の私なら分からなかったが、今は分かる気がした。


私は止まった。


「何が目的だ」

「手を貸して下さい」


彼が身構えるように腰を低くした。


「てめぇ…」


これでは、駄目だ。
私はもう一歩彼に近づいた。


「止まれ!」


私は彼に向かって両手を上げた。
【降伏】を表すらしい。


だが、この距離なら、届くだろう。
私は彼に、一気に近づいた。




「!?」

「知ってましたか」


私は手の握力をさらに強く設定した。


「こうすると、【不快】が消えるようです」


彼は私の手を振りほどこうとする。


「伊達政宗が、そう私に教えてくれました」


彼が手から力を抜いたのがわかった。


「【不快】は嫌なものです」

「……意味がわからん」

「私は貴方の【不快】を消しにきたのです」


私は手に込めた力を抜き、彼の手を包んだ。


「私の【不快】は消えました。貴方は、どうですか」

彼を見上げる。


彼の【不快】も消えたようだ。






私の胸を満たすこれは、
【満足感】、【達成感】
と呼ばれるものだろう。

初めて、自発的に何かをしようと思った。
【義務】ではなく、したい、と思った。



片倉小十郎が私の手首を掴み、引き剥がした。



「なに嬉しそうな顔してやがる」

「【嬉しそうな顔】、ですか」



【嬉しい】


「成る程。確かに、そっちの方が正しいかもしれません」

「あぁ?」

「私は、今【嬉しい】」






うれしい【嬉しい】

【悲しい】の対義語。
微笑みたくなるような気分。

いい気分だ。
とても。





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