治療の強制
昼食については、掃除が終わった後に、私のお腹の具合で決めることにした。
全員が食べるかどうかは別にして、幸いにも、パンは買ってある。
さて。
「やるか」
掃除。別名、復旧作業。
武将たちを散らして、ただ黙々と片付けを始めた。
割と早くに救急箱を発見することができ、私はそれを持ってお風呂場に向かった。
「かったくっらさーん」
家中に立ちこめる暗い雰囲気に気付かないふりをして、なるべく明るい声で脱衣場へ顔を出した。
ひょっこり、なんてアニメチックな効果音さえ自分の声帯で作ってみる。
「傷はどうでっす……………………」
「悪い」
この流れを知っている。しかし、この事態は忘れていた。
あぁ、もう。
「取り敢えず笑ってみますか、あははははは」
「………はっはっはっはっは」
私まで暗くなったらこの家の雰囲気はお仕舞いだ、そう思って無理やり引っ張り出した笑い声に、片倉さんが合わせてくれたおかげで、お風呂場は奇妙な空間になってしまった。
近くで聞こえていた足音が、そろり、そろりと抜き足さし足になる。たぶん幸村だろう。
「うふふふふ」
「…………。部屋で休んでるか?」
「いいえ、やりましょう、やろうじゃないですか!!」
私は拳を握り締め、破壊されたお風呂場の扉を睨み付けた。
私の部屋も戦場だったが、お風呂場も戦場だった。
確か破壊されたのは、昨日の話しだった。
どうしてこんなに早く忘れてしまったのだろう。
「人間って都合のいい頭してますよね」
「それは仕方ないだろう。悪いな、お前には迷惑ばかりかけてる」
「いえ。……片倉さん、まずは手当てをしましょう」
「いや、いい。もう血は止まった」
よかった。血が止まっていなかったら、私に治療は無理だった。
よし、と救急箱をつきつける。
「バイ菌が入りますよ」
「ばい…?」
会話をしながら、彼は飛び散った扉の破片を集める。
大きな破片はすでにまとめられていた。
不覚にも、彼の仕事の早さに感心してしまった。
リビングの方から、Shit!なんて声が聞こえるから余計に。
リビングは大丈夫だろうか。
「って、違う。手当て手当て」
「気持ちだけで十分だ。必要ねぇ」
片倉さんはなおも作業を続ける。
てきぱきと、手がきれそうな程に鋭利な破片を新聞紙に包む。軍手をした方がいいだろう。
とにかく彼の作業を止めようと、私は嘘をつくことにした。
「そんなこと言って、片倉さん、知らないんですか?」
緊張からか、少し声が裏返ってしまったが、その声はお風呂場によく反響した。
何を、と、ようやく片倉さんが手を止めた。
これは好機。
罪悪感を減らしたいのと、ちょっと気分を明るくするために、きらーん、なんて効果音を心の中で付けてみる。
「この時代、手当てしないと、きらーん、という病にかかってしまいますよ」
心の中の呟きが声になってしまう私の、歴代一位、二位を争う失敗だった。
それでも、聞きなれない病気名に、片倉さんが目を見開いたので、武将相手にお医者さんごっこをしてみたかったんです、という本音は口が裂けても言えなかった。
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