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惨劇の怒気


「いや、名無しちゃん。俺の話聞いてよ」


猿飛さんは笑顔のままそう言った。


「ホント、俺がついてってよかったんだよ」


「…?何かありました?」


「あったよー。名無しちゃんは知らないだろうけどさ」


私は最後の力を振り絞って、上半身を起こした。
あぁ、閉店したのに。


「あの二人、仲悪いっていうか、顔合わせるたびに切り合いになっちゃうんだよね」


今度は私が固まる番だった。

ごめんなさい。
そのこと知ってました。
ただ、油断していた、というか、なんというか。

何かやらかしただろうか。
じっくり今日を思い出していく。


心当たり、ある。


紳士服売り場。
私の知らないとこで何かあったとしたら、あそこしかない。
あの時、サイズを理解しない幸村に政宗さんは苛立っていた。

そして、私は。


「二人っきりにした……。うわー私の馬鹿」

「アハー。ま、今回は大丈夫だったけどね」

「え?」

「いや〜、ホント、ついてって正解」

「…?」

「俺様、誰かになりすますの大得意〜」


「…まさか」





記憶を辿る。



幸村の声が頭の中に響く。






『他のお客様のご迷惑となるのでお静かに、と言われたでござる』





ばちぃぃっ、と電流が走ったような気がした。

あの二人が喧嘩を始めて、ただの店員さんに止めることができるだろうか。

あの二人の喧嘩を、だ。

目の前の忍は飄々と涼しい顔。


「一回俺に会ったでしょ?名無しちゃんにそのことを知らせようとしたんだけどさ、人が来て言えなくなってね」

「ありがとうございました」


素早く立ち上がる。
急遽開店、大感謝セール開始である。


「だから、さ。勝手に家を離れたこと、許して?」

「いえいえ、もう、本当に、怒るどころかむしろ感謝です」

「ありがと。ごめんね」


猿飛さんはほっとしたように笑った。

ついて来てくれてよかった。
二人の仲を知っていながら、二人っきりにするなんて。
私の馬鹿。

猿飛さんは、ぽんっと私の頭をなでると、玄関に放置された荷物を持ち上げた。
運んでくれるらしい。
私も荷物を持ち上げた。

赤字覚悟の大感謝セール、持ってけドロボー。
猿飛さんと同じくらいを持った。

二人で廊下を一列になって進む。


「しっかしねぇ、まさか俺様がいないうちにあんなことになるなんて思わなかったよ」

「へ?」

「右目の旦那なら、一人でも大丈夫だと思ったんだけどね」


廊下のつきあたりに扉がある。
扉の向こうは我が家のリビングだ。
扉をあけた、その向こう。




私の疲れを癒す場所は、無惨なことになっていた。






『勝手に家を離れたこと、許して?』

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あきゅろす。
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