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色彩の出費


そのまま、忍の彼は姿を現さなかった。

だが、ついて来ているはずだ。

いつの時代でもオカンはオカンだ。

子供が心配でたまらない。

現代ならGPSがあるが、戦国時代生まれの彼にそんな文明の利器は使えない。
したがって、心配ならストーカー行為に及ばなくてはならないのだ。


そう自分に言い聞かせる。




疑われる、嘘をつかれる。


わかっていたはずだ。
気にするな。



CMで聴いただけの明るい曲を頭の中で再生する。

そのままスキップでもし始めそうな足取りで、日用品売り場へ向かう。

歯ブラシを買おう。



「やっぱり色って大切」


色とりどりの歯ブラシ。

幸村は勿論、赤だ。
武田信玄も逆トリしてきたら彼とお揃いになってしまうが…


「いや、ない。彼は来ないって」


一瞬、想像してしまった。
師弟の間で飛び交う汗、血、怒号。
私の財布が悲鳴を上げる。


「ないない。彼は来ない、はず…」


気を取り直して、
他の人たちも、それぞれのテーマカラーで選んでやる。
結果、値段が高い人と安い人とで差ができたが、やはり色は大切だ。

最後に、幸村の為に子供用歯みがき粉を買ってやる。
苺味。

タオルと、それから新しいメモ帳を買った。

レジの人に不思議そうな顔をされた。
大人用歯ブラシ四本(全部違うメーカー)と子供用歯みがき粉。
それらと私を見比べていた。

こういうときは気付かないフリが一番だ。




「幸村の為の出費が多いなー」


百均で買ったお菓子を持直し、ぽつり。
きっと家計はオカンがなんとかしてくれるさ。


手に下げたビニール袋をぶらぶらさせながら、三階の紳士服売場に戻った。




「名無し、遅かったな」


「えぇ、まぁ。服は決りましたか?」


百均で時間をとってしまった。

カゴを覗き込む。
さすがと言うべきかなんというのか。

青、茶、赤、緑。

わかってるじゃないか。

それぞれの色はばっちり。
あとは着回しがきくように、組み合わせの難しそうな服を戻したりした。

基本は彼らに選ばせたが、これから暖かくなるので上着は少なめにしてもらった。

幸村がときどきサイズを間違えていて、レジに並んでいる間、伊達さんと私でチェックをした。


「そう言えば、服を選んでいるとき、何もありませんでしたか?」


レジで何枚かの諭吉に別れを告げた後、私は訊ねてみた。


「Ah-. こいつとうとうsizeを理解しなかったぜ」

「知ってます」


ご苦労様です。


「なっ!それは政宗殿が!」

「見苦しいぞ真田幸村!」


勝手に喧嘩を始めた二人に隠れてひっそりとため息。


「そうじゃなくてですね、知らない女の子に声を掛けられた、とかはありませんでしたか?」


そう声をはさむと、幸村が先に反応した。


「む?おぉ、そういえばありましたぞ!」


見逃してしまったようだ。
残念。


「な、なんて声かけられたんですか!?」


知りたい。
かなり。

伊達さんがうんざりした顔で遠くを見ていた。


「他のお客様のご迷惑となるのでお静かに、と言われたでござる」





見逃してよかった。








私は天井を見上た。
恐らくまだ私を見張っているであろう人物へ、心の中でつぶやく。


(私を見張る暇があるならお宅の子犬の面倒を見てください)




まだ私は赤い彼を叱れなくて、
まだ私は緑の彼に軽口を叩けなくて、

まだ私と彼らの間には、壁がある。


ただ、それだけのこと。



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あきゅろす。
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