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役目の出費


ベンチに座り、パンを渡した。

ふわふわのやわらかいパンは、わずか十秒で幸村の胃袋に納まった。


「うまいでござるぅ!」


カスタード入りの甘いパンは、やはり彼のお気に召したようだ。

そして、


「幸村、口にカスタードがついてますよ」


ティッシュで拭いてやる。
一回やってみたかったのだ。
だからあえてドーナツではなくカスタード入りを選ばせた。

オカンな気分が味わえる。


「これはかたじけない」

「いえいえ。母性本能が刺激されただけです」

「む…?」


かわいい。なんてかわいい野球部員なんだ。
ボウズじゃないけど。

伊達さんはまだもぐもぐしている。


「Shit!」


はじめてのチーズに悪戦苦闘中。
彼のプライドの為にも見ないふりをしようかと思ったが、
誘惑は容赦無く私を襲う。


「だめ、勝てない。・・伊達さん、失礼します!」


彼も拭いてあげたい。
サバンナのチーターよろしくスタート、猛ダッシュ。
獲物への距離を一気に縮める。


「What's !?」


逃げる隙は与えない。
体力測定万年平均、遠足で筋肉痛になる現代ッ子。
それでも戦国武将に負ける気はしない。


次はオトンな気分を…


「あっ!」

「?」

「…ひとまず薬局ですね」


チーズとの戦いを放棄し、
チーターの攻撃に身構えていた伊達さんにティッシュを渡す。

オトンはお預け。


「やっきょ?それは何でござるか?」

「薬局。伊達さん、Drag store でわかりますか?」

「I see. だが、今のはなんだ?」

「…内緒、です」


私が先頭を歩き、後ろで男子学生二人が薬局について語っている。


「はい、ここです」


化粧品のテスターで独特の匂いがするフロア。


「OK. 何を買うんだ?」

「こっちです」


ちょいちょいと手招きして伊達さんを呼ぶ。

お目当てのものは、棚の下にひっそりと置かれていた。


「伊達さん、眼帯、これに替えてもらっていいですか?」


指さすのは医療用の眼帯。
かっこいいのがあればよかったが、白い普通の眼帯しかないようだ。


「さっき、ようやく気付いたんですよ。今着けてるのでは目立ちすぎです」



うっかりしていた。
素肌に学ランで舞い上がりすぎた。

ちらりと伊達さんの様子見る。

なにやら考えこんでいるようだ。


「伊達さん?」

「それだ。さっきから気になってたんだが、何故、真田は名で、俺は姓で呼ぶ?」


どうしてって…


「な、なんとなく……です」


乙女を裏切った罪とは言えない。


「どんな罪だよーってかんじ」

「Ah?」

「あ、すみません。独り言は癖なので、無視してください」


そのまじまじと私に向けられる視線の意味は何。


「変な奴だな」

「至って普通の一般ピープルですよ。で、眼帯どうします?」


伊達さんは顎に手を添え、お決まりの考えるポーズ。


「OK. こうしようぜ」

「はい?」

「俺のことも名で呼べ」





「そしたらそれをつけてやる」



悪戯が成功した子供のような、だけどちっとも無邪気ではない笑顔。
きっと効果音はニィッ。



「い、いいんですか!」

「Of course.」




筆頭直々の許可。
胸がはちきれんばかりにどきどきしてきた。


息を吸い込む。







「政宗様!」





"オトン"はお預けだったが、"右目"のポジションは美味しくいただきました。



私はこの呼び方だけで、こんなにも幸せになれます。



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あきゅろす。
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