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乙女の出費


「名無し殿!あれは何でござるか!?」

「うるせぇっ!黙って歩けねぇのか!!」

「静かにー…しなくてもいいです。ええ」


鼓膜がびりびりと震える。
でもようやく普通の展開になったのでこのままの方がいいもしれない。


「買い物に来たってかんじです」


お金をおろす為にATMに並びながら、幸せを噛み締める。

しかし、一つだけ困っていることがある。


「名無し、これがmoneyなのか? It's a paper」


かしゃっとATMから出てきた諭吉をしげしげと眺める。


「………」









困ったことに、私はまだ、異国語に対して無視を決め込んでいた。


『HA! 気に入った!』または
『HA!おもしれぇ』

という予想通りなかんじになれば嬉しいが、
幸村の前例もある。

予想が外れるとなかなかショックが大きい。

ここは『親方さぶあぁあ!』の次の次の次の次の次くらい大切なところだ。
疎かにはできない。


今回の買い物で様子を見てから決めよう。


ムービーを起動させる。


「さ、店に入りましょうか」


開く自動ドア。

ビビる戦国武将。


「やった。ばっちり」


ほくそ笑む私。
これでいつでもビビる二人が見れる。

にやにやとムービーを保存している間に、
害がないと分かった二人は中に入っていってしまった。


慌てて後を追うと、



「名無し殿、何やら良い香りがするでござる!」


彼の視線の先にあるのは、
デパートの定番・パン屋さんだ。


普段はまったく気にしなかったが、なぜ入り口にあるんだろう。


「幸村!パンならもっと安いとこで買いましょう!」


一個百円のやつとか。

説得を試みる。
しかし、彼の視線はパン屋さんから離れない。

なぜ入り口にあるんだ!







「Bakery…」

「………」


伊達さん、あなたもですか。


残念なことに、私のお金は無限ではない。

車を買って免許を取るための貯金、
親からの仕送り、
私のバイト代。

これが私の全財産だ。

しかも、私の予想では、居候は増殖する。

無駄な出費は控えるべきだ。



前田の風来坊が来ると仮定。

そのときの食費を考えると、
余計に財布の紐は、きゅっと固くなる。




そこでようやく気が付いた。


「…伊達さん?」


彼の視線は、パンには向けられていない。


「名無し、ここは異国の商人の店か?」


彼の視線は店の看板に向けられていた。

看板には

【くまさんのBakery】

の文字がかいてある。


異国語だ。


「…日本の人の店だと思います」


あーもう!

なぜ入り口にあるんだ!

異国語についてはデパート内で様子を見るはずだったのに。


「I see. この時代では、異国との貿易が盛んなのか?」


そうか。
そういうのもあるのか。


「…………はい、そうですね。盛んです。中国…明ですか?そこで作られたメイドインチャイナの品物は沢山あって、とてもリーズナブルです」

「Ah? Can you understand English?」


はっと顔を上げる。
これだ。
この台詞。
まだ望みは残っている。


「Yes, I can.」



さぁ、おもしれぇだろう?
気に入ったか?

口に出して言ってくれ。


高く、一瞬。
口笛が響く。


いよいよか。
期待は膨らむ。









「お前は貿易商なのか?」






裏切られた。




これで、

片倉さん、もう頼みの綱はあなただけ。

猿飛さんは、オカンだけでいい。
ヒロインを怪しんで隠密行動とかしないで。
どうか予想を裏切って。



「商人ではないです。……最後の望みに縋って、畑でもつくっちゃおうかな」

「…農民になりたいのか?小十郎が喜びそうだ」

「間違いないですか?絶対?」

「Of course, 小十郎は…すごいぜ」

「OK」


期待はできそうだ。

でも無駄な出費は出来ない。





伊達政宗逆トリップなら一度は絶対ある、
英会話にどきまぎしていた間に、
幸村はパン屋に入ってしまっていた。


あぁ、あのキラキラした彼を叱って、連れ戻さなければならないなんて。

私は鬼です悪魔です。





幸村は、店の人から試食を頂いていた。

外見は高校野球児、店の人も怪しんでいる様子はない。



(よかった。……ん?)


「だ、伊達さん!」


「どうした?」


彼の学ランをひっつかむ。


「Look at that!」


何気に英会話をまだ続ける。


「真田幸村がどうかしたか?」

「見えないんですか!?」

「何をだ?」


見える!私には見える!



店員さんから貰った、ドーナツを食べてる幸村。


皆の者、刮目すべし!






「ほら!尻尾!!耳!!」

「見えねぇ」


いや、見える。
確かに見える。


ばっさばっさと揺れる尻尾が。

――見える。





私はカバンから財布を取り出した。


「Ah? 買ってやんのか?」

「勿論」







その尻尾、私にもふってほしい。




私は鬼です悪魔です。


そして何より、乙女です。


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