僕と俺

榛名がボクっこ
腹黒系僕っこを目指しました。
目指したんですこれでも。



久しぶりに顔をあわせた俺様は大人になり、そして「僕様」になっていた。

「タカヤ、テッメー!この僕が会いに来てやったんだぞ!ぁんだ、その顔は!?」

阿部の記憶にあるより短くなった髪。ギョロリと大きかった目は鋭さだけをそのままに形を整え、大人と子供のあいだをさ迷う不安定な少年であった外見を一人の立派な青年のものへと変えていた。

「……スイマセン。考えていることが顔に出やすいんです。純粋なもんで」
「あぁ?どーゆー意味だよ」
「一人称、変わったんですね」
「……イチニンショー、って、なに?」

精悍な目元を寄せて首を傾げる榛名に、阿部は「ああ、なるほど」と頷いた。

「つーか、んなこたどうでもいんだよ!チョコ寄越せ、チョコ!!」
「は?」
「わざわざこっちから出向いてやったんだからな!スッゲッ!スンゲー、チョコじゃねぇとナットクしねぇぞ、僕は!」

やはり、と阿部は再度頷く。
一人称を「僕」とするだけの世間視がついたところで、榛名はなにも変わってはいない。所詮地球は榛名を中心に回っているのだ。

「なもん、あるわけねぇでしょ」
「は!?」
「なんすか、そのまるで信じらんねー!この外道!冷血!ハダカデバネズミ!とでも言いたげな反応は」
「この外道!冷血!ハダカデバネズミ!用意してんだろ、フツー!」
「用意してません。普通」

いくら今日がバレンタインデーであるといえ、ここ一年ろくに連絡もとっていなかった、男の、後輩がなぜいじらしくもチョコレートを用意しているなどと思うのだろうか。
そもそも、俺なんぞにたからなくとも、あの体と顔があれば巨乳で男を見る目のない女が榛名を喜ばせようとチョコレートを柔肌に塗りたくって待っているだろうに。

「アテが外れて残念でしたね」

チッ、と忌々しく舌を鳴らした榛名に阿部は耳を塞いだ。
実のところ、こういうことは初めてではない。学生時代も榛名はひょっこりとやって来ては阿部にチョコをねだった。当然、俺はそんなものを用意していないので、今のように断ると決まって奴は「ざっけんな!」とか「なんで用意してねぇんだ」、「今すぐ用意しろ」だとか駄々をこねるのだ。
しかし榛名の口から出たのは、長い長いため息と

「まぁ、いーや。オラ、いくぞ」

という言葉だった。

「……あ?」
「飯食い行こーぜ。予約入れてあっから」

風をつかむような柔らかい仕草で肩に手が回されたかと思うと、阿部の体は榛名の隣へと引き寄せられた。

「え、ちょっと……!」
「んだよ?」
「飯って、予約……。なんで?」
「な、んで、って」

パチリとかち合った視線に、榛名の顔はみるみる赤くなった。真っ直ぐに 整列した歯のなかで尖った八重歯が今にも噛みつきそうに主張している。
そんくらい察しろ、このニブチン!と榛名は思う。彼は昔から、榛名の感じていることを小匙ほども汲み取ってくれない。阿部の鈍感さに苛立ち余計な意地を張り、結果として二人はすれ違ってばかりだ。
『知るか!お前はだぁって俺のいうこと聞いとけばいんだよ!』喉まででかかった天の邪鬼を榛名は飲み込んだ。

「今日が!バレンタインだからに決まってんだろ!」

大人になるということは、自分を律するということだ。例えば、甘美な誘惑を強靭な理性をもってはねのけるように。例えば、照れ臭さを圧し殺し自らの気持ちに素直になるように。
「僕に言われなくてもわかんだろうがよ、そえくらい」と榛名は憤るが、それでも阿部の肩を抱く手の優しさは変わらない。
なんだそれは。阿部は愕然とする。
なんだその一人称は。なんだその態度は。なんだこの左手は。……大人ぶりやがって!
これでは……。
阿部は悟られぬよう鞄に目をやった。
そのなかには、虫歯菌を増殖させうる茶色い固形物が入っている。
榛名のためのものでは断じてない。ただ、なんとなく、今年も性懲りもなくあのアホは現れるのかなと思ったら、無性にチョコレートが食べたくなってきたのだ。
そこまで思って、阿部は自らのションベン臭さに辟易した。どれだけ言い訳を重ねたところで、真実は変わらない。
チョコレートは、榛名のことを想って買ったのだ。

「もっ、元希さんっ」
「ん?」
「チョコ、レート……」

素直にならなければいけない。自分にも、榛名にも。
いつの間にかグシャグシャに握り締めていた肩掛け鞄の中から、阿部は角を飾るリボンがほつれてしまった赤い箱を取り出した。

「……タカヤ」

差し出されたその箱を榛名はじっと見つめた。

「そのチョコ貰ったのか?」

テメェ、この糞野郎!!!
羞恥と緊張によりただでさえ膨らんでいた阿部の血管はいとも簡単にぷちんと音をたてた。
狂人のくせに変なとこで常識的な考え方してんじゃねーよ!

「……はは、タカヤもそんな歳かよ」

一方の榛名はそう言って、穏やかなほど軽く笑う。しかし、榛名の内心は穏やかではない。
なんだ突然。チョコなんて、見せつけやがって。「俺にはこういう相手がいるんで、もう来んな」ってこと?ちぎるぞ。

「いっちょまえになりやがって。おっぱい大きい子か?」

がしがしと阿部の髪を掻き回しながら、榛名は下半身の無い彼の姿を夢想する。
どれも阿部には不必要な物だからだ。
榛名から逃げていく両足は必要がないし、下賤な牝共に種をばらまくぺニスなど諸悪の根源といえる。
榛名を受け入れる穴がなくなるのは惜しいが、セックスなど所詮、肉の擦り合わせにすぎない。
大切なものは肉より骨より、もっと奥。魂にあるはずだ。
だから榛名はその夢想に罪を感じない。

「僕、さみぃんだけど!早く行こーぜ」

そして、ずっと一緒にいよう。遅くなったけど、もう離さない。自由にはさせない。永遠に。
榛名は大人になった。穏やかになり、狂気の隠し方を覚えた。

「……うっせぇ」
「あ?」
「んなに、飯が食いたきゃ一人で食ってろ!いくら!いくら気紛れでも、アンタみたいな糞うんこにチョコ買った俺が馬鹿だった!」

その点、阿部はまだ子供だ。生まれもっての短気はまだまだ直りそうにないし、素直なんか逆立ちしたってなれそうにない。

「は?おい、テメェ!タカヤ!!コレ……、コレ!俺に!?」

幾多の災難を経て醜く凹んでしまった箱を拾い上げ、榛名は慌てて阿部の背中を追いかけた。



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