四大欲求
人間は三大欲求ってのがあって、それが満たされてないと人間死んじまうもんなんだ。

ところが、俺にはその三つのほかにタカヤ欲っていうのがあってこれは満たされなくても死にはしないけど、満たされないととても凶暴な気持ちになる。



「最近気付いたんだけどさ、タカヤのゲロってのはタカヤの一部じゃなくてゲロなんだよなぁ」
「なに突然」

シニアの頃のタカヤはよくゲロ吐いてた。(加具山先輩が吐いてたみたいに)
それを見て俺は汚ねえと思うより先に「コイツ頑張ってんだなー」って思った。
そうしたらタカヤのゲロがキラキラして見えてきて、俺は欲しくなったけどその頃はまだ自分の中のタカヤ欲に気がついてなかったし素直にだってなれなかったから、俺は「キッタネェナ」ってタカヤから距離をとるしか出来なかった。


あの頃のことはすごく後悔してる。俺の人生にはタカヤは要らないんだって思い込んでて、採集を怠った。あまつさえ、タカヤ本体まで逃した。

だからタカヤをまたゲロらせてやろうと、おもっきり突きまくって、イッても泣いても突きまくってたらとうとうタカヤが吐いた。

でもそれは全然輝いてなくて、臭っせぇし胸を熱くしていた興奮が醒めていくのがわかった。

「片しとけ」

どうしてあの時のゲロは輝いていたのか考えてみていたら、あれは野球の練習中だったからだと思った。
俺のなかが野球とタカヤとあといろいろでできてるようにタカヤのなかは野球でできてる。野球だけでできてる。
あのゲロはタカヤのなかの野球が溶けだしていたのだ。

俺が本当に後悔するのはこんなときだ。
タカヤのゲロも、本体も手にいれたようにみえるけど、肝心の中身は何も手にいれていない。

「テメェふざけんなよ」

俺がちょっぴりセンチメンタルな気持ちになっているとバケツと雑巾持ったタカヤが濡れた雑巾投げつけてきた。

「手伝ってください」

そう言ってタカヤはゲロを掃除しだして、俺も仕方ないから手伝うことにした。
っていってもタカヤはバケツと雑巾持ってくる前にほとんど片付けちゃったみたいで、ベッドの上には少し臭う染みしか残されていなかった。

二人で四つん這いになってベッドの一ヶ所を拭いているのはなかなか楽しかった。
ときどき腕と腕が擦れあったり、定期的にシーツに鼻を近づけるタカヤの汗の浮かんだうなじとか、そういうのを見ていたらさっきのタカヤのゲロが惜しくなってきた。

あのゲロはタカヤが生理的に吐いただけのつまらないものだったけど、採っておけばいつだって今日のことを思い出すことができるのに。

「うーん…、駄目ですね。シーツ換えましょう」

布団の端を持ってシーツを取り外そうとするタカヤを焦って止めた。
タカヤは怪訝そうな顔をして「じゃあファブリーズ…」って言ったが急いで追い出した。
これ以上話していると、いろいろバレそうでヤバイと思った。(バレたら確実にタカヤは俺のコレクションを捨てる)


その夜、そのシーツに染み込んだ臭いでヌいた。
俺は普段タカヤではヌかないんだけど(タカヤは頭ん中で汚していいもんじゃないから)シニアのタカヤと今日のタカヤが宮下先輩(友情出演)に虐められてんの想像してヌいた。
頭ん中で今日のタカヤだけがまるで目の前にいるみたいな現実感をもって泣いてた。
俺はタカヤ欲が満たされるのを感じた。


でもその次の日、母ちゃんによる一斉粛清(掃除)が行われてシーツは新しく取り換えられてしまった。


「おれ、お前のオナニー事情とか聞きたくないんだけど」
「そんな話してねぇよ」

タカヤ欲の燃費はすごく悪い。
久しぶりに会って、夜、再注入して、次の日はもう足りなかった。
ピンっと張ったシーツが素っ気なく、より飢餓感が増すのがわかった。

そのくせ、タカヤ本体とはなかなか会うことができないのだ。

その間は、録音したタカヤの声聞いたり、ストックしている髪の毛食べたりして自分を誤魔化しているんだけど、やっぱりタカヤ本体には敵わない。
タカヤ本体は一切劣化のないタカヤボイスを出すし、髪の毛も残りを気にしなくてもいっぱい生えてるし、それどころか脛毛だって生えてる。

タカヤの弟にシュンっていうタカヤと似たようなのがいるんだけど、アレ俺にくれねぇかなあ。
ちっと素直すぎてタカヤ感が足りないんだけど、タカヤと同じ血が流れてるだけあって側に置いてるだけで、少し飢餓感が癒される。

「誘拐は犯罪だよ」
「なんだよ突然」

まあそれはどう考えても、最終手段だ。シュンはタカヤじゃないんだし。
でも血が繋がってんのはでかいポイントだ。

俺タカヤの血欲しい。血だけじゃなくて肉も骨も欲しい。
いつかアイツが盲腸になったらなんとしてでも、取り出したの貰おうと思ってる。

「タカヤ会いてえなあ」

何で俺がこんなこと考えてっかというと、タカヤ欲を満たすためでもあるけど、ときどきタカヤってロボットなんじゃねえかって感じることがあるからだ。
昔は全然感じなかったんだけど、無表情な横顔とか「コイツ、実は陶器でできてんじゃね?」って感じさせる。

最初はそれをモンチッチが成長したからそうなったんだと思っていた。
でも違った。
成長とかそういうことじゃなくて、俺の見るタカヤの横顔に勝利への渇望を表す泥が付いていることがなくなっただけだった。


それに気づいたとき俺は後悔なんて通り越して「なんだよ、バーカ」って思った。

アイツ、今からでも武蔵野来ないかな。絶対ェ、ブレザー似合うぜ。ネクタイでいろいろしたい。
アイツが武蔵野来たら、データ解析とか任せられるし秋丸にハッパかけてくれるだろうし、最高じゃね?
俺、完全にその予定だったのにあの野郎。
俺も悪かったっていえば悪かったけど、アイツがしつけーっていえばしつけーと思う。

アイツの寂しそうな目を見ていたらそんなこと、忘れちまうけど。

あ、タカヤだ。タカヤの気配がした。



さっきから息つく暇もなく話し続けていた榛名が「タカヤ会いてえなあ」と呟いたと思ったら、それっきり黙ってしまった。
机に体をあずけて伏せている榛名に特に言うこともないので、ミルクティーを堪能していると榛名の頭のてっぺんにあるアホ毛がピクって揺れた。

いまさらだけど、これって何なんだろう。
昔からあった気がするけど、風とかとは関係なく動くときがあることに気づいたのはいつ頃からだっけ。
どうも榛名が爆笑したりした時に激しく動いている気がする。

ゆっくりと動く榛名のアホ毛を目で追っていたら、そのさきに、話題の中心だった少年を見つけた。

「タカヤ!」

カバッっと起き上がった榛名が正確に隆也くんの方を見て叫んだ。
榛名はいままで机に突っ伏していたので、隆也くんのいる方向なんて分かるわけないはずなんだけど…。

隆也くんは相変わらずの姿勢のよさでツカツカ歩いてくる。
無表情で歩くその姿には軍人とか警察官とかが発する威圧感みたいなものが感じられて恐いのだけど、「すいません。遅くなりました」と折り目正しく頭を下げる姿は可愛い後輩だ。

「いいよ、そんな待ってないし」

そんなことより、君のシャツの裾を引っ張りだしてなかに潜り込もうとしている不埒な手をなんとかしたほうがいいよ。

パーンッと音がしそうなくらい思いきりよく手を振り払った隆也くんは、榛名の隣に腰かけた。

「あれ?頬っぺたのとこ、どうしたの」

隆也くんの頬骨の真上のあたりに皮膚が削れて赤いものがみえていた。

「ヘッスラ失敗しちゃって」

赤い傷のなかには細かな黒い砂が浮いており、とても痛々しい。よく見るともみあげのところに泥が付いていて、隆也くんがどれだけ急いでここへ来たのかわかって心が締め付けられた。


ごめん隆也くん。子分根性の染み付いた先輩を許してくれ。
その隣で、傷に目を奪われ息を飲む榛名の姿は見えなかったことにした。






副題・変態フルスロットル


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あきゅろす。
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