神の手によって復活した準阿榛
あやさま、この話を好きだと言ってくれた方々、本当にありがとうございました!


全体的にキャラ崩壊してます(特に準太)



どうしてこうなった?

阿部の両腕を掴み、睨み合う二人の男逹の姿に自然とため息が出る。

「その手、離せよ」
「は? ジョーダン。隆也は俺と付き合ってんだよ。手、離すのはお前だ」

阿部の頭上で睨み合う二人の視線がバチバチと音を鳴らす。

「さっきまではな。でも今、このタカヤが好きなのは俺なんだよ」

「なぁ?」と、悪辣な笑みを浮かべた男はグイと阿部の右腕を引っ張り、自分の方へ引き寄せた。

阿部の右腕を掴む男。
榛名元希。
リトルシニア時代の先輩であり、腐れ縁であり、互いを好きあっているという認識のもと、キスをしたりセックスをしたりすることが「お付き合いする」という行為に確答するのなら、阿部の恋人というやつに分類される男だ。

「隆也…」

榛名の元へ引き寄せられた阿部を取り返すように、左腕を掴む指に力が加わる。
飼い主の外出を引き留める犬のような苦しい声に、阿部は心が痛くなると共に頭が痛くなった。

阿部の左腕を掴む男。
高瀬準太。
御存知、埼玉の名門桐青高校のエースを勤めた技巧派投手。
歳は、榛名と同じ。…だったと思う。
田島から聞いた話ではなかなかの曲者。…らしい。

そして、"この世界の"阿部の恋人である。


「元希さんも高…」
「準さん」

榛名は名前で呼ばれるのに対し、自分は名字で呼ばれることが我慢ならないらしい準太は唇を尖らせる。

「……準さんも落ち着いてください」

そして俺の二の腕を解放してください。
阿部がそう続ける前に、榛名が叫んだ。

「ズッリィぞ、テメェ! だったら俺のことも元さん、って呼ぶべきだ!」

榛名は榛名で、準太が愛称で呼ばれるのが気に入らない。

「元さんって…。アンタ誰にも元さんなんて呼ばれてないじゃないですか」
「いい加減にしろよ榛名。だったら隆也、俺のことは準くんって呼んで」
「なら俺はモトたんだ!!」

腕を左右に引っ張られる。
大岡裁きだ。
しかしこの二人に体を裂かれる子供を可哀想に思い、身を引く良心と常識があるとは思えない。

「痛ぇ! いってぇだろうが、落ち着け、この馬鹿ども!!」

ただでも貧弱な阿部の堪忍袋はすぐに弾け、隣町まで響きそうな大声が響く。
チッと榛名は舌打ちを、準太は信じられないものを見るように目を丸くして、阿部から手を離した。

「…失礼しました」

二人の反応にばつが悪くなり、阿部は咳払いを一つ。

「でも、今はそんな場合じゃないでしょう」

今、目の前に立ちはだかる大問題を解決しなければ。
それを解決すれば、榛名と準太がいがみ合うこともなくなるのだ。

「三人寄ればなんとか、っていうでしょう。喧嘩してないで俺を元の世界に返す方法を考えてください」

パラレルワールドというやつなのだろう。

今、二人の目の前でむっつりとへの字口を作る阿部は、この世界に元々いた阿部隆也ではなかった。

への字口の阿部は、もはや面倒見がいいという言葉では収まりきらない教育ママ体質(ただし投手限定)で、短気で野球馬鹿。
そして榛名元希と付き合っていた。

この世界に元々いた阿部は、もはや面倒見がいいという言葉では収まりきらない
教育ママ体質(ただし投手限定)で、短気で野球馬鹿。
細いフレームの眼鏡を掛けており、そして、高瀬準太の恋人だった。


事の発端は、今から約一日前まで遡る…。




今日も今日とて、一人寂しくただ広いだけのマンションに帰宅した榛名は驚いた。

玄関に自分のものではない靴が置かれている。

榛名は収入と名声だけならむやみやたらと持っているので、強盗か変質者の類いだろうかと警戒を強めた。
耳をすませ部屋の中の様子を探ると、何やらダイニングから音がする。

意識を集中し、ぴんとひげをたたせた猫のようになる榛名をよそに、侵入者は「おかえりなさい」とダイニングから顔を見せる。
その顔に榛名は先程とは比べ物にならないほど驚いた。

タカヤだ。

いやまさか。
信じられず目を擦る。

中学時代ならまだしも、今現在の榛名と阿部は不在時の留守を預かり夕食を用意しておくようなそんな甘い関係ではない。
同い年で同じポジション、嫌でも榛名を意識してしまう準太への義理立てなのか、阿部は準太と付き合い出してからというもの榛名を避けていた。

「元希さん?」

その呼び方すら懐かしい。

「どうしたんすか、アホのくせにアホみたいな顔してますよ」
「お、お前…。ここでなにしてんだよ!?」
「なにって…、飯作ってるんですけど」

憮然と阿部は答える。

「なんで!?」

榛名の質問に、阿部は眉を盛大に寄せた。
しかし、榛名の疑問も仕方がないことだった。

なぜなら、今榛名の目の前にいる阿部隆也と、榛名が阿部隆也として認識している昨日までの阿部隆也は、同じなようで全く違う人物であるからだ。

「なんでって。なんでって…、そんなの…。付き合ってる奴に飯作るのなんて、当たり前のことだろ…」

つまり、今榛名の前にいるのは別の次元の阿部。
榛名と付き合っている阿部だ。

「付き合ってる…?」

心底忌々しそうに顔をしかめ、しかしそれでいて頬を赤くする阿部に榛名は呆然とした。

「うっせぇ! ほら、いつまで玄関で突っ立てるつもりだ、早く部屋入れよ!」

促され、ふらふらとしながらも部屋へと入る。

「タカヤ…」
「早くしないと、飯冷めちゃいますよ」
「タカヤ!」

先を歩く阿部の背中。
榛名から見れば華奢なその背中に、覆い被さるようにして抱きついた。

「俺、お前んこと好きだ。付き合ってくれ」
「な゛っ!? な、な、なんすか、今さら」
「だって、俺ちゃんと告白してなかっただろ。…お前があいつと付き合い出したとき、スゲー後悔したんだ。ちゃんと言っとけばよかったって、言っとけばタカヤはあいつのになんかならなかっただろうに、って」

すり、と榛名は骨ばった肩に頬擦りをする。

「あいつと別れて、俺のとこに来てくれたこと。スッゲー嬉しい」
「…アイツ…? なんの話してるんですか?」
「へへっ! もう忘れたってか? 別にいーよ、俺のことじゃないし」

俺が高瀬の立場だったら絶対許さねーけど、と思いながら、榛名は幸せそうに笑う。
人の幸せは他人の不幸の上に成り立つ。


ごろごろと喉を鳴らす榛名とは対照的に、阿部は困惑すること頻りだった。

阿部はまだ、自分が本来存在するのとは別の平行世界へ迷い込んでしまっていることに気づいていない。

自分が桐青の投手と付き合っているなんて、夢にも思わずいつものように恋人として榛名宅へやって来たのだ。


俺は榛名元希と付き合っている。
阿部隆也は高瀬準太と付き合っている。

この阿部と世界の認識の齟齬が、当然の問題を引き起こすのに時間はかからなかった。




「よ、隆也。一晩ぶり」

榛名宅に一泊した後マンションを出た阿部に、親しげに話しかける男が一人。
この世界の阿部の恋人、高瀬準太だ。

「……あ?」

ぼんやりと阿部は振り返り、準太の顔を眺める。
…誰だ。

ユニフォームを着ていない準太を、この阿部が「桐青の高瀬」と認識することは不可能である。

元々、準太には、阿部と榛名のような接点がないのだ。
二人が付き合い出したのは、完全なる偶然。ひょんなことから利央と田島経由でメールアドレスを交換したのがきっかけだった。

「あれー? 隆也眼鏡どうしたの、忘れてきた? それとも俺への後ろめたさの象徴…、とかなのかな」
「は? 俺眼鏡なんて…。ていうか、あんた誰ですか?」
「あはは、もう忘れちゃった? 隆也って意外と薄情だったんだなー」

穏やかな、しかし毒っぽい口調。
ゆっくりと近づいてくる男の顔を阿部は注視した。

相手の口ぶりからいって、この男と自分は知り合いなのだろう。既視感があるような無いような。

「言い訳もしてくれないんだねぇ…。もうする必要もないってことかな」

スッと阿部の目の前に手のひらが現れる。
優男めいた外見には似合わない骨張った手。
指にできたタコを見て、阿部は閃いた。

わかった! コイツ桐青の高瀬…。
名前までは思い出すことができなかった。
男の手に胸ぐらを捕まれ、引き倒されたからだ。

「ふざけんなよ」

どすの効いた低い声。

「とにかく帰ろうか、隆也。たっぷりお仕置きしてあげるよ」
「え、え、え、ちょっと離せ、助けて、元希さん! もと…」
「次ソイツの名前読んだら、その場で犯すよ」

フンフンと鼻歌を歌う準太にずるずると引きずられていく。
これは、ヤバイ! なんかこの人ヤバイ!!
電撃のような危機感が阿部の体に走る。

「離せ! はな、せっ、つってんだろ、コノヤロー!」

色落ちの美しいジーンズに覆われた足に拳を打ち込む。
「ぐっ」と吐き出し、前につんのめった高瀬の目が冷たく光ると同時に阿部を睨みつけた。

「…!」

が、すぐにもとの食えない笑顔に戻り、苦笑する。

「…痛いなあ…。ああいう野蛮な奴と一晩でも一緒にいると、隆也まで野蛮になっちゃうのかな」
「たしかに元希さんはゴリラですけど、アンタにとやかく言われる覚えはありません。それに、俺のことも」

準太にとって阿部は、(よりにもよって!)あんな人より少し体格がいいだけのテクもなさそうな馬鹿男と不貞を働いた浮気な恋人であるが、この阿部にとって準太は意味不明なことを、さも当然のように主張する変質者である。

じりじりと阿部は後ずさりした。
この優男は、背中を見せたら何をするかわからない。

「隆也…」

それこそ変質者を見るような阿部の目に、準太は眉を下げ、そして「降参」と両手をあげた。

「…わかったよ。いや、わかんないけど、隆也、とにかく一度話そう。別れ話もしないまま他の男に乗り換えられたんじゃ、いくらなんでも納得できない」
「あの、アンタ桐青の高瀬さんですよね? 一体なんなんですか? 俺と高瀬さんって、一、二回、試合で会ったことあるだけじゃないですか」
「隆也!」

「俺が悪かったなら謝るから、知らない振りはもうやめてくれ」と準太は呟く。
それまでの飄々とした態度が嘘のように準太は背を丸める。

「とにかく…、話そう…」

親を待つ子供のように、あるいは神に許しを求める罪人のように、準太の手が差し出された。

「行こう」

差し出された手をどうするべきか、阿部は迷った。
本来ならば、振り払うべきだ。
だが、しかし。
振り払うにはその手はあまりに可哀想で、なにが正しいのかわからなくなってくる。

「来てくれないと、俺っ…!」

迷う阿部に焦れたのか、準太は最後の手段というように差し出していた手を引っ込め、叫ぶ。

「死ぬ!」

準太の手になにかが握られていた。鋏だ。
先の丸まったどこにでも売っているそれを、準太は自分の手首に突きつける。

ぷっくりと浮かび上がる赤い筋。
まさかの急展開。

「えええぇぇ!? ちょっと!? 落ち着いてくださいっ」
「俺は凄く落ち着いてるよ?」

だとしたら余計ダメ!

「わかりましたから、行きますから、話聞きますから。とにかく落ち着きましょう? 投手が手を傷つけちゃ、ダメですよ」

対三橋で会得した落ち着いた話し方で準太に歩み寄っていく。
強張った準太の手を包みこむように自らの手を優しく重ねる。万が一にも刺激しないようそっと準太の手から鋏を取り上げた。

「…よっし! じゃ、行こうか」

つい一瞬前のことなどなかったようにケロリとした準太は、ニヒルに笑うと阿部の肩を抱いた。

「やれやれ、今回は大分強情だったね」




引きずられるようにして連れていかれた先は、小ぢんまりとしながらも洒落っ気溢れるアパートの一室だった。

ワンルームであるが、狭さを感じさせない工夫を施された部屋で、色、素材、形にまでこだわって選ばれた家具。その部屋に置くべくして作られたような照明器具。

すべてが整いすぎて非現実的とすらいえるその空間に、阿部が見惚れることはなかった。
阿部の美的感覚がご臨終しているからではない。

「ちょっと!? 話しするんじゃなかったんですか!?」
「ああ、あれ冗談」

内装に気を配る前に、準太に押し倒されたからだ。

「冗談!?」
「謝るのは本当だよ。なんか、気に入らないことがあったんだよね。ごめんね。でも、榛名に抱かれるのはやり過ぎかな。さすがの俺も怒っちゃう」

阿部は生涯でこれほど軽いごめんねを効いたことがない。
ハッピーターンより軽い男こと、水谷だって謝るときはもう少し気持ちを込める。

「さっきの本気はどこいったんですか!? 手首まで切ったくせに!」
「うん、あれもジョーダン。ああすると、隆也絶対俺の言うこと聞くよね。いい加減、学習しなきゃ」

「まだまだだね」と鼻を突かれる。

ぞわり。
全く普通に言う準太に、阿部は背筋を抜かれるような感覚がした。

自傷は、「ジョーダン」で済ませられる事柄なのだろうか?
そうだとしたら、その考え方は破滅的に狂っている。

「でも俺も怒ってるんだよ。俺に不満があるなら口で言ってよ。付き合うって、そういうのも含めてのことだろ」

嘲るような笑顔を引っ込めて、準太はスッと目を伏せた。
軽かった声が固くなる。

「浮気するなんて…、いや、まるで俺がなんの関係もない赤の他人みたいに言うあの態度は本気だったのかな?」
「みたいって実際他人みたいなもんじゃないですか!?」
「……うん。まだ言う? 俺としてもさ、あんま隆也に嫌われたくないからこれ以上怒らせないでほしいな」

準太の黒目がちな瞳に狂暴性が混じり、マーブル模様を作り出す。

これ…、やばくね?

カチカチと脳が危険信号を鳴らす。
榛名が怒ったときなどに感じる生命の根本から訴えてくる恐怖と同じものだ。

なにか、この変質者の魔の手から抜け出す手立てはないだろうかと、阿部は黒目を回した。

押し倒されている場所は、ご丁寧にもベッドの上だ。
ベッド周りには、枕、目覚まし時計、写真立て…、ありきたりなものしか見当たらない。

「可愛く泣いてね」

あ、ダメだ。俺の貞操終わった。
すいません、元希さん…と阿部は妙な潔さで目を閉じた。
が。

「ん!?」

目蓋の裏に浮かんだ走馬灯に何かとんでもないものが映っていた気がして、阿部は再び目を開く。

ベッドサイドに置かれた写真立て。
そのなかには、当然、写真が入っている。

阿部と準太が笑い合う写真。

写真の中の眼鏡を阿部は眼鏡をかけている。浮かべた笑顔は心底幸せそうで、見ているこちらにも彼の心に宿る準太への愛情が伝わってくるようだ。

「な!? なんすか、この写真!? 合成?」
「この写真にも知らんぷりするの? 隆也は俺と付き合っていた事実だけじゃなくて思い出まで、なかったことにしたいの?」
「いや、そうじゃなくて本当に!」

このとき、阿部は初めて世界を疑った。

そういえば榛名の様子もおかしかった。あれ? 俺は昨日の昼なにをしていたっけ、記憶がない。もしかして、おかしいのは高瀬ではなく俺ではないのか。

しかし、時すでに遅し。

あ、やべぇ。
そう思ったときには、準太の顔が見えないくらいに近づき、唇を噛まれていた。

「タカヤァ! 大丈夫か!?」

そしてそれと同時に、玄関を蹴破って(揶揄ではない)榛名が登場した。




今にして思う。
恋人である高瀬準太を裏切り、榛名元希宅で夕食を作り一晩を共にした阿部隆也は、別の次元の榛名元希と付き合っている世界の阿部隆也であるという、電波ビンビン、しかし紛れもない事実である結論を導き出し、尚且つ嫉妬と独占欲に狂う二人の男を納得させたのは奇跡だと。


「俺が元の世界に帰れれば、高…、準さんも幸せ。元希さんも幸せ。悪いこと無しじゃないですか」

ぶすくれる二人に言い含めるように阿部は説く。
気分はちょっとした宗教家だ。

「待てよ! 俺はどうなるんだ」

異議あり! と榛名が手をあげる。

「どうなるって?」
「元のタカヤが帰ってきたら、当然高瀬と付き合うだろ。俺はどうなるんだよ」
「そりゃ失恋するんだよ」

チシャ猫のような笑顔の準太が意地悪く喉を鳴らす。

「じゃあ、いやだ! タカヤ、帰るな!!」
「無茶いうな。我慢してくださいよ、それくらい! 別の次元では俺とアンタ付き合ってんですよ」
「でもそれは俺じゃねー」

自己中ここに極まれり。
榛名は(別次元とはいえ)自分自身の幸せすら認められないらしい。
この人の懐の浅さはどうなっているのだろう。

「俺もタカヤが元いた世界についてく!」
「やめてください。絶対に。絶対にやめてください。重ねて言います。やめてください」
「三回も言うな! なにその猛烈な嫌がり方!?」
「元希さんが二人もいる世界って、それ地獄じゃないですか」
「……なぁな、タカヤ、俺と付き合ってたんだよな?」
「はい」
「だったらもっと優しくしろよー、甘さが足りねぇー」

子どものように腰に懐いてくる榛名。
シャツの裾から鼻を潜り込ませ、匂いを嗅ぐと濃密な雄の匂いがした。

「うまそ」
「ギャア!」

柔らかくぬめった舌が、べろりと阿部の腰を這う。

「なにすんだお前!」
「反応いいな。そっちの世界の俺、よく仕込んでる」
「ぶっ殺すぞ、テメェ!!!!」

阿部の怒りなど華麗にスルーして、今度はへそに舌が這う。
ああ、そうだ! この人変態だったわ、死ね!! と阿部は鳥肌を立てながら思う。

「はーい、ストップー。それ以上俺の恋人にきったねー唾つけないでね」

榛名の天頂部に雑誌の角をめり込ませて、準太は阿部の顎を掴む。

「あんな奴、相手にしないでいいじゃない? 俺は協力するよ」

優しい笑み。

「ありがとうございます」

この人は頭がおかしいが、基本的に優しい人なのだと阿部は思う。
あれだけの仕打ちを受けて、仕返しが噛みつきキス一つだなんてなんという懐の深さだ。
俺の知っている榛名なら、例え事情を理解したとしても鉈を片手に追いかけ回してくるだろう。爪の垢を煎じて飲ませたい。

少しはノーコンも治るかもしんねぇし、と考える阿部は気づいていない。
準太の嗜虐傾向は痛みではなく快楽責めの方向を向いているだけで、懐の深さは榛名と同じくらいである。
このように。

「じゃあ、タカヤ。シャツ脱ごうか」
「は?」
「今、榛名に唾つけられただろ。俺も付ける」
「どういう理屈!?」
「ほら、脱いで、この隆也は俺の隆也より淫乱そうだなー」
「ちょっと、やめ、元希さん!? 助け…」
「どうせお前、元の世界に帰るんなら今のうちに3Pってのもいいよな」
「え、おい、ぎ、ぎ、ぎ、ぎゃああああああああああ!!!!」



その時。
意識が急速に遠のき、世界が縮こまっていく。
膨張する光。収縮する影。転がるボール。グラウンド。可愛いアイちゃん。

「――あ゛?」

気付くと阿部は手足を椅子に縛られた状態で、先程までいたはずの準太の部屋とは全く別の荒れた部屋にいた。
広い部屋。窓から見える景色からいって、高層マンションの一室だろう。プライバシーに気を配る必要のない高さ故の大きな窓から見える月が美しい。

ああ、ここは…。

チクリと痛みを感じて足元を見ると、割れたガラスが落ちていた。傍に、眼鏡のフレームが落ちているので、そのレンズだろう。

「……タカヤ」

抑揚のない声に呼ばれ振り向くと、月光も届かない暗がりに榛名が立っていた。
大きな体のほとんどが闇に溶けているのに、狂気を宿した白眼だけがギラギラと光っている。
手にはホッケーマスクの殺人鬼およびヤンデレ御用達の武器、鉈。

「嫌な方向に予想に違わない男だな、アンタ!」

ブルブルと阿部の携帯が鳴る。表示名は高瀬準太。
出ないでいると、留守番電話サービスにつながった。

『隆也、今どこにいる? あのさ…、昨日のことなんだけど。俺も、タカヤのこと好きだよ。とにかく会って話したい。会ってもう一度、告白したい。…だから、今から助けに行くね』

チン、というエレベーターの到着音を最後に電話は切れた。

「うそだよな? 俺を捨てて、高瀬と付き合うなんて?」

壮絶に笑って榛名が近づいてくる。
ドガシャアと、おそらく玄関の扉が壊されたのであろう音がする。



阿部くんの戦いはまだまだこれからだ!
完。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました!



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